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経済交流
カムチャッカ −直行チャーター便で訪ねた観光と水産業の半島−

ERINA経済交流部 部長代理 中村俊彦

カムチャッカ州南部略図 カムチャッカ州南部略図

 北海道・稚内市から北東へ約1,500km、ロシア極東カムチャッカ州は、ようやく夏のチャーターフライトなどで日本と結ばれ始めた「秘境の地」のイメージがある。現実は、水産資源の減少による厳しい漁獲割当量で日ロ双方がしのぎを削りながら、水産業・観光業・エネルギーなどの分野で新たな経済協力の可能性が生まれつつあり、豊富な観光資源を生かしたエコ・ツーリズムが大方の予想以上に進展している。

 カムチャッカ州の面積は472,300km2、人口41万人(1997年版ロシア統計年鑑)。北海道の5〜6倍の広さに、旭川市程度の人が住んでいる。

 今年7月22日〜29日、新潟空港発着のチャーター便(7月〜8月・計4往復)を利用し、3時間のフライトで初めてカムチャッカを訪れた。州都ペトロパブロフスク・カムチャツキーとその周辺エリゾボ地域を周遊し、そこで知りえたカムチャッカの風景を点描してみたい。

カムチャッカの歴史と現況

州庁舎前のレーニン広場▲州庁舎前のレーニン広場

ガントリークレーンを備えたペトロパブロフスク港▲ガントリークレーンを備えたペトロパブロフスク港

 今年、ペトロパブロフスクは市制260周年を迎えている。1740年、有名なベーリング率いる第2次カムチャッカ探検隊が「ピョートル号」と「パーベル号」、2隻の船でアバチャ湾の港に入港したのを始まりとしている。

 毛皮獣の捕獲を行う「露米会社」が設立され、ペトロパブルフスク港がロシアの重要な航海基地となるなど、発展を続けたカムチャッカは1850年、ザボイコ初代総督が任命され、道路建設や港湾整備が施された。その後、沿海州、ハバロフスク州などへの編入と分離、ロシア革命などを経ながら、ペトロパブロフスク港はロシアの太平洋最大の海軍基地となり、カムチャッカは1992年まで閉鎖地域となっていた。

 この間、カムチャッカは中央から遠く離れているため、インフラ整備や工業発展は重要視されず、水産業に関心が寄せられてきた。舗装道路はペトロパブロフスク近郊に限られ、鉄道はまったく建設されず、半島内の基本的な交通手段は飛行機かヘリコプターに頼っている。反面、豊かな自然が手付かずで残され、観光地として発展する好条件となっている。また最近では、西海岸からペトロパブロフスクまでの天然ガスパイプライン建設や地熱発電など、エネルギー・プロジェクトも注目されている。

パラトゥンカ温泉・保養施設

サマーキャンプ中の子供たち▲サマーキャンプ中の子供たち

パラトゥンカ温泉には30ほどの保養施設がある▲パラトゥンカ温泉には30ほどの保養施設がある

 ペトロペブロフスクから車で約1時間、数ある温泉の中でもペトロパブロフスク市民にもっとも親しまれているパラトゥンカ温泉に2つの施設を訪ねた。

 最初は、かつてのピオネール・キャンプ、ボスホド少年キャンプ場へ。深い緑に囲まれた敷地内には、温泉プール、宿泊・学習施設をはじめ、さまざまなスポーツ・コートや野外ステージなどが遊歩道で結ばれている。

「ズドラースト・ヴィー・チェ!」−サマーキャンプに集まった子供たちから、「こん・にち・は!」と3拍子の挨拶に迎えられた。

 次に立ち寄ったのは、ウォータースライダーやジャグジーも整ったゴルバーヤ・ラグナ(Blue Lagoon)。この施設を経営するUTRF社は、カムチャッカ有数の水産業者で日本の商社とも提携している。最近では、この施設一帯の開発整備やペトロパブロフスク市内のホテル建設にも着手し始めた。

プールに入ると、足が届かない。温泉で一休み…ではなく、温泉でスポーツなのである。

 水道の水が飲めるほど、ロシアの中では安心感のあるカムチャッカ。こうした施設を利用しての林間学校など、カムチャッカと日本の交流は身近なところから始められそうだ。

ナリチェボ自然公園

ナリチェボ資料館のバルコニーから高原を一望する▲ナリチェボ資料館のバルコニーから高原を一望する

ナリチェボ温泉はプールではなく、自然のまま楽しむ▲ナリチェボ温泉はプールではなく、自然のまま楽しむ

 エリゾボ空港脇のヘリポートからヘリコプターで約30分、アバチンスキー火山群を越え、ナリチェボ自然公園に向かった。MI-8型ヘリには、私たち観光組と到着地に必要な生活物資が同乗し、ヘリが生活手段であることを知る。

 世界遺産に申請中というナリチェボ自然公園は、いたるところの高山植物、自然のまま巧みに配置された温泉、細工が施された木造りのバンガロー、強いぐらいに暖かな日差しなどがエコ・ツーリストを迎える。この日は地元の家族連れ、チェコから旅してきた青年たち(ナリチェボで合流)、私たち日本組8人が乗り合わせ、互いにひどくブロークンな英語を駆使して、ひとときの交歓を楽しんだ。

 私たちの半日ツアー・プログラムは、ヘリの往復、1時間ほどのトレッキング、温泉体験など。費用は960米ドルを人数割して、一人120米ドルである。これにヘリ搭乗1分につき12米ドルの追加料金で、上空の雲が切れれば、コリャークスキー山頂とアバチンスキー山頂の遊覧が付く。雲は、切れた。

コリャークスキー山とアバチンスキー山

コリャークスキー山(左)とアバチンスキー山(右)▲コリャークスキー山(左)とアバチンスキー山(右)

溶岩に覆われたアバチンスキー火口▲溶岩に覆われたアバチンスキー火口

 私たちになじみやすく、形容詞を名詞にすれば、コリャーク山とアバチャ山となる。標高はそれぞれ3,456m、2,741m。

 ペトロパブロフスクから北方に望むこの2峰と、南方に望むビリュチンスキー山(2,173m)の景観は、街のシンボルにもなっている。霧のかかりやすい市街なので、この2峰が顔を見せると嬉しくなるのである。

 ナリチェボ自然公園からの帰路、上空およそ3,000mのヘリから山頂を見ることができた。最近では1945年と91年に噴火したアバチンスキー山の火口は溶岩で蓋をされ、南西方は流出した溶岩が硫黄色に固まっている。

 沖縄サミットに参加したプーチン・ロシア大統領は、私たちの滞在中、このアバチンスキー山にヘリを飛ばし、スキー滑降を楽しんだ。カムチャッカは、クロスカントリースキーに加えアルペンスキーも楽しむことができ、ロシアのスキー選手が合宿をはる。

 負けずに私たち訪問団の別グループもアバチンスキー登山に挑み、800m地点でキャンプ後、1日にして山頂を制覇した。富士山よりも数段きつい−そうである。

水産業と水産資源

アクロス社のトロール船▲アクロス社のトロール船

アバチャ湾クルーズのモーターボートでもカニを採る▲アバチャ湾クルーズのモーターボートでもカニを採る

 カムチャッカは漁業・水産加工が産業の中で圧倒的な比重を占めている。1990年には134万トンの水揚げ高を誇ったが、ここ数年は沖合の水産資源が枯渇し、70〜80万トンのレベルに低迷している。こうした中で、カレイやオヒョウ、イカやウニなど、魚種や水産加工への変換が図られ、漁業体制も従来の漁業コルホーズ連合が分離独立して6社の寡占状態になり、さらにその体制も最近は解体されつつあるという。

 最大手のアクロス社ボロビエフ社長の案内で専用埠頭を訪ねると、岸壁には新造船が停泊し、2,000トンの冷蔵倉庫を備えていた。同社は1,500トンクラスのノルウェー製トロール船6隻、ハエナワ船12隻など43隻を所有し、水揚げ高12〜15万トン、売上高7,000万〜1億米ドルに上り、日本の技術を利用したという品質管理に自信を見せる。今年の漁獲割当量は、スケトウ65,000トン、タラバガニ・ズワイガニ25,000トン、その他イカ、オヒョウ、サケ、マスなど。冷凍船を使っての日本向け輸出が中心だが、スケトウのフィレなどはヨーロッパへ、コンテナ輸送は韓国へ向かう。 

 水産資源の保護が進展する中で、前出のUTRF社アブラモフ社長は「漁獲割当の安定が今後の鍵を握る」と語った。

チャーター便と日本との航空路

州庁舎内で開かれた「新潟セミナー」▲州庁舎内で開かれた「新潟セミナー」

ペトロパブロフスクの高台から望むアバチャ湾▲ペトロパブロフスクの高台から望むアバチャ湾

 今回のカムチャッカ訪問は、新潟空港からのチャーター便を機会に結成された「新潟県カムチャッカ訪問団」に同行した。チャーター便はこれまで、名古屋、仙台から飛んでおり、新潟は初めて。カムチャッカ州政府関係者などを集めて開かれた「新潟セミナー」では、新潟県や新潟空港、ERINAの活動などを紹介し、釧路市や宮城県に引き続き、新潟との今後の交流促進を呼びかけた。

 カムチャッカの国際航空路は現在、アンカレッジ−ペトロパブロフスク−ユジノサハリンスク線(週1便)のみ。日本へはハバロフスクやウラジオストクで乗り換え、新潟空港などへ向かうことになる。地元のペトロパブロフスク・カムチャツキー航空には大型機がなく、B737、YAK42などのリース機を導入し、新会社を設立してモスクワ便から運営したい意向。今回のチャーター便も、ウラジオストク航空が運航した。

 1995年には、アラスカ航空がシアトル−アンカレッジ−ペトロパブロフスク線を週2便運航したが、一昨年、撤退したという。新潟−イルクーツク線の例に見られる季節運航や、ペトロパブロフスクを経由してシアトルと結ぶなど、日本との定期航空路が開設されれば、豊富な観光資源がさらに生かされることになろう。

カムチャッカの課題と交流可能性

 初めて訪れたカムチャッカでは、予想以上の可能性と、いくつかの課題を感じた。今回の訪問、カムチャツカ研究会(東京都・竹内良夫会長)の協力で事前にERINAで行った「カムチャッカ・セミナー」などを踏まえ、調査などで幾度となく訪れている沿海地方南部やハバロフスク市と比較して、ペトロパブロフスク市とその周辺地域の課題と交流可能性を最後に列記する。

[課題]

  • 水産業における資源の枯渇、漁獲割当への不安、漁船の老朽化、燃料不足、水産加工などによる付加価値の創出など。
  • 観光におけるホテルの質・量不足(全450室で外国人向けは50%、両替が困難)、日本語通訳の充実化、空港ターミナルの整備など。
  • カムチャッカ州全体として、エネルギー・電力問題、開発と環境の両立など

[可能性]

  • ロシア極東の海産物・漁獲量では、沿海地方(52.0%)に次いで第2位(28.8%)のシェア(1996年・大中企業の業務統計)。州の基幹産業であり、課題への取り組みには積極的な印象がある。
  • 紹介した温泉、トレッキング、登山、ヘリ遊覧をはじめ、フィッシング、ラフティング、クルーズなど、大自然を生かしながら観光を育てる多様なソフト開発がなされている。英語環境は日本語に比べ良好。水道水のサビつきが少なく、清潔感もある。
  • モスクワとの結びつきから、今後は空路・航路、経済協力など、北東アジア、北太平洋地域との交流構築に新しい可能性を見出すことができよう。

i 参考文献

北海道新聞社「最新 カムチャツカの旅全ガイド」(1996年3月)
社団法人ロシア東欧貿易会・ロシア東欧経済研究所「ビジネスガイド ロシア」(1998年5月)
カムチャツカ研究会「カムチャツカ・セミナーと現地視察報告」(1997年10月)


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