新潟で北東アジアを学ぶ

5月30日に、ERINAと交流がある米国・モントレー国際大学から、3ヶ月間のインターンシップで来日した。新潟に来たのは今回が初めてではない。1999年から2年間、富山県魚津市役所の国際交流員として働いていた頃、よく新潟県を訪れたものだ。5年ぶりに懐かしい地に帰ってくることができたことは嬉しいが、太平洋岸で晴れた日が続くモントレーから来たため、梅雨に入った日本海側の天気にはまだ慣れない。

モントレー大学では東アジアの専門学部で、日本語と北東アジア安全保障を勉強している。外国語の場合、どんなに勉強しても現地で練習しないと上達できないとよく言われる。これは、私が勉強している安全保障についても当てはまっていると思う。拉致問題についての記事を読んで概要は理解できても、新潟の街で行われている問題解決に向けた市民活動を実際に見なければ、問題の深さや多面性、複雑さを感じることはできなかっただろう。北朝鮮のミサイル問題もそうで、毎日、日本で、日本語の新聞を読み、ニュースを見られるからこそ、日本の状況や不安が理解できるのだ。

新潟は地理的には北東アジアの中央ではないが、韓国やロシア、中国の都市と定期航空路を持ち、交流がなされ、経済や文化、交通面では北東アジアの中心と言える。また、万景峰号の存在は、北東アジアが複雑な問題を抱えていることを象徴している。安全保障問題だけではなく、北東アジアの全体的な面を勉強するのに新潟は理想な所だ。

今回の滞在は短期間だが、北東アジアの経済、政治、安全保障の事情をできるだけ吸収したい。この大きな目標が達成できなくても、せめてアルビレックスのファンになって帰国しようと思う。

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ERINAから見える新潟西港

新潟日報エリナレター掲載