国境に見える厳しい現実

5月末、春遅い中国・遼寧省瀋陽市を訪問し「日中経済協力会議」に参加した。中国の国家発展戦略である東北振興策の本格化により、会議は年々重要視され、主催者発表によれば日本側300人、中国側450人が参加した大会議となった。

会議後、中・朝国境の街、丹東市を視察した。説明によれば丹東臨港産業園区には自動車、計測器、電子部品、製紙等の105社の日系企業も進出し、急速に発展している。丹東は鴨緑江を挟んで北朝鮮の新義洲と中朝友好橋(道路・鉄道併用)で結ばれ、5月には金正日総書記も列車で出入国した。

朝鮮戦争末期に米軍の爆撃で破壊されたもう一つの鉄道橋の断橋見物と、北朝鮮の人たちの表情が見てとれるまで接近する遊覧船ツアーは、中国人観光客で満員だ。他方、今年3月の韓国哨戒艦の沈没事件を受け、北朝鮮は国境線の厳戒態勢を敷いているという。船上から見る中朝両岸は、急成長を象徴する30階超の高層マンションやホテル群の中国側と建物が少ない北朝鮮側、夜は不夜城の中国と漆黒の北朝鮮と対照的だ。

バスでの視察では、沿道に有刺鉄線が張られた鴨緑江右岸の国境線に案内された。有刺鉄線の20メートル先には集団で田植えをする北朝鮮の人たちの姿〓写真〓が見えた。そこには有刺鉄線とは異質な田園風景があった。丹東はコメの産地として有名で、中国名で「越光(コシヒカリ!?)」というブランドもある。

丹東を離れた翌日、丹東の住民が北朝鮮国境警備隊の銃撃で殺傷され、北朝鮮が謝罪したと報じられた。日本人には実感の少ない国境の厳しい現実をあらためて知った。

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新潟日報エリナレター掲載