在日朝鮮人のその後

韓国で新潟といえば、コメ、酒、佐渡の金山や朱鷺が有名だ。世界では、佐渡金山がかつての日本の国際貿易に大きな役割を果たしたことが知られている。

そんな新潟が、1959年からは世界の言論や外交文献に相当な頻度で登場してくるようになった。1959年から84年まで実施された「在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業」だ。北朝鮮船「万景峰(マンギョンボン)号」が新潟西港から北朝鮮に出航した。

帰国した在日朝鮮人は、日本の親戚からの援助によって、北朝鮮では経済的には上流階層ではあったものの、政治的には敵対階層として差別の対象となっていた。しかし、いま北朝鮮の最高権力者である金正恩(キム・ジョンウン)国防委員会第一委員長も在日帰国者出身の高英姫(コ・ヨンヒ)の次男であることもまた事実だ。

当時、日本政府は国内の治安維持の観点から在日朝鮮人帰国事業を推し進め、北朝鮮や中国、ソ連は北朝鮮の再建を進めるため、この事業に協調的だった。現在、東京と大阪の周辺部を中心に、在日朝鮮人帰国者の中で日本に再び戻り定着した人が約300人に上り、彼らは日本社会でまた差別の対象になっているという。朝鮮半島と日本の歴史問題の解決のためにも、日本で、北朝鮮で、差別の対象となっている在日朝鮮人の問題について、新潟から関心を持ってほしい。

新潟日報エリナレター掲載