金正日とクリントンは握手するか

|朝鮮半島

2000年10月12日、米国と北朝鮮は朝鮮戦争勃発後50年にわたる両国の「敵対関係の解消」を宣言する共同コミュニケを発表した。

このコミュニケは金正日国防委員長の特使として派遣された趙明録国防委第1副委員長の訪米終了にあたって発表されたものだ。趙明録特使の役割は、金正日委員長の親書と「朝米関係を改善するという偉大な領導者金正日同志の意思」(朝鮮中央放送)を直接クリントン大統領に伝達することにあった。軍服姿の趙明録特使がホワイトハウスでクリントン大統領とにこやかに握手する姿は、どのような言葉よりも雄弁に「戦争の終結」を見せつけるものだった。

共同コミュニケはさらに、米朝両国が双務関係を「根本的に改善する」措置をとることを決定したこと、北朝鮮が長距離ミサイルの発射凍結を継続すること、オルブライト国務長官が米大統領の訪朝準備のために訪朝することなどを明らかにした。

クリントン・趙明録会談が行われた10月10日、北朝鮮の首都平壌では労働党創建55周年を祝う盛大な軍事パレードが金正日委員長の観閲の下に催されていた。米朝コミュニケ発表は、祝日の雰囲気をさらに盛り上げるものとなった。

これを受けてオルブライト長官が10月23日から25日まで平壌を訪問したが、北朝鮮側の歓待ぶりはあたかも国家元首を遇するかのようなものだった。金正日委員長自らが2日間、6時間にわたり会談し、長官のために催した10万人のマスゲームでは説明役も買って出た。米国の国務長官と金正日委員長が平壌のスタジアムでなごやかに談笑する姿など、半年前にはだれが想像することができただろうか。

北朝鮮は米国との関係改善を長年にわたって切望してきた。北朝鮮の体制にとって最大の軍事的脅威が在韓米軍であることは明白な事実だ。趙明録特使はワシントンの晩餐会で、「わが国の自主権と安全に対する米国の保証」を求めたが、これはとりもなおさず北朝鮮側が最も切望しているのは体制維持であることを示している。

金正日委員長自身、1997年に故金日成主席の「3年喪」が明けた直後に発表した論文の中で「米国は百年の宿敵ではなく、関係改善を希望する」と表明していた。

今回、北朝鮮は南北和解という決定的なカードを携えて米国に相対した。北朝鮮としては、クリントン政権のうちに、後戻りできない地点まで関係改善を進めたいという思いが強いだろう。経済面でも、米国によるテロ国家指定が外されなければ、国際金融機関から資金を得ることは難しく、コンピューターなど先端科学技術も導入することができない。

米国も積極的に対応している。複雑な要素がからみあった北朝鮮の問題は次期政権に先送りするのではないかと見られていたクリントン大統領が訪韓用意を表明するという姿勢に転じた裏には、最後の花道となるはずだった中東和平の調停が危うくなってきたこともあろう。クリントン大統領は11月半ばに米国大統領として初めてベトナムを訪問することになっており、北朝鮮も訪問することができれば、ベトナム戦争と朝鮮戦争に歴史のピリオドを打ったという大きな功績が残る。また、テポドン・ミサイルという米国本土への直接の脅威を除去することは米国の国益にとって重要な貢献となる。

米朝間にはいくつもの障害があり、ミサイル問題の詰めも残されているため、クリントン訪朝が実現するかどうかはまだ予断を許さない。人権問題をクリアしない国を大統領が訪問することへの反発も生まれよう。だが一つだけ言えることは、実務交渉でクリアできない障害を乗り越えて進むにはトップによる決断が必要であり、米朝関係はそうした段階に入ったということだろう。(了)