経済再建を目指す共和国の動向

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最近、昨年11月と今年7月に平壌訪問の機会があったが、その前の訪問(97年9月)に比して、目に見えて街に活気が出ていて、各分野で変化を見せはじめていた。

94年に主席急逝の後、金正日総書記が喪に服して一切表に出てこなかったこともあって、世界のマスコミ界で、種々憶測がとびかったが、実はその間、着実に体制固めを遂行し、新体制後の諸政策を策定していたものと思われる。

97年9月訪朝時は、ちょうど体制固めの目鼻がついた頃と思われる。10月の総書記就任を祝う諸準備で街中沸いていた。しかし食糧事情、経済状況はドン底で、工場でのフル稼働は外国からの委託加工部門のみのようであった。

98年7月、最高人民会議代議員選挙で、金正日体制の仕上げが行われ、9月に、ほぼ4年半振りに最高人民会議を開催し、修正憲法の制定、内閣制による行政機構改革を行うとともに、エネルギー、重工業、運輸へ経済政策の重点を移し、ジャガイモはじめ各種農作物の適地栽培実施も含めた、所謂「強盛大国」なるスローガンを打上げ、従来の主席のとってきた諸政策の大改造を断行した。

99年4月、第10期第2回最高人民会議を開催し、国家予算、経済計画法を決めるとともに、新経済政策の一層の推進を呼びかけた。この新政策にのっとって、肥大化して、非効率となった連合企業所を解体し、産業の組織改革を行った。その結果、もともと不足気味の電力や生産原料が主要重点企業に効率的に行きわたりはじめたようであり、99年1~6月期で、工業分野では対前年比20%の増となった。電力も、上記スローガンにのっとり、地方での中小発電所の設置でそれぞれ電力問題を独自で解決しはじめ、大規模発電所も99年1月に中国から原油8万トンの支援を受けて稼動成果を上げてきていた。

農業分野でも、ジャガイモ栽培、種子改良、二毛作等も実行し、前年比40%増の成果を上げることが出来、とりあえず当面の危機を脱することが出来たことで、このような活気が出てきたのであろう。これまで街では見ることが出来なかった、一般人が自転車で活動する風景を見ることが出来た。

その後、99年6月、共和国ナンバー2の金永南人民会議常任委員長団長の訪中団を派遣して、中国との絆を強め、重油、コークス等の支援も受けて、経済がまわりはじめたようだ。

このように当面の経済危機を乗り切った自信を背景に、共和国は、イタリア、オーストラリア、フィリピンとも国交締結を行い、また日・朝国交正常化交渉の再開、南北首脳会談の開催、総書記の訪中、ロシア・プーチン大統領の訪朝受入れ、アセアン地域フォーラム参加など、次々と積極的な外交攻勢に転じ、それぞれ成果を上げるとともに、従来の総書記はじめ共和国に対するイメージ改善という大成果を上げてきている。

このような成果を土台として、共和国は本格的な経済建設を図るために、韓国はじめ日本等から今後どれだけ経済交流の実利を得ることが出来るか、これからが正念場と言えよう。