胎動するか国際協力と日本の対応

|中国

北東アジアの冷戦構造が最終局面を迎えた。南北分断(1948年)以降初めての韓国金大中大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)金正日労働党総書記(国防委員長)との南北首脳会談が6月13日-15日に平壌(ピョンヤン)で行われ、南北統一に向けての協議と、経済協力と交流の活性化など五項目の基本合意が共同宣言に盛り込まれた。これを機に北東アジアにおける新たな国際枠組みが必須とする大転換の時代が始ったとみてよいかもしれない。

注視すべき点は、この首脳会議を前に、金正日総書記が突如北京を非公式に訪問し(5月29日-31日)、中国と事前協議を行ったことである。金正日総書記にしては17年ぶりの訪中である。北朝鮮は中国の韓国との外交関係の樹立(1992年8月)とその後の金日成主席(当時)の逝去(1994年7月)で対中関係が一時期冷却したが、1996年5月に洪成南副首相(当時、現首相)の訪中で修復に向かった。その際、中国は北朝鮮に対して、「経済技術供与協定」なる約束を秘密裡に交わした。すなわち、中国は1995-2000年の5年間に50万トンの穀物、130万トンの石油、250万トンの石炭、等の無償または世界市場価格の3分の1で供与したとみられる。

中国のこうした手厚い支援がここ数年厳しい経済危機に瀕した金正日労働党政権を多いに助けたことは否めない。金日正総書記の北京訪問がこの中朝秘密供与協定が切れるこの時期に実現したことに注目してよいが、そこで中国は南北首脳会談に対して事前に「歓迎と支持」を言明したし、また北朝鮮の経済困難に対して「新に食糧と物資の無償援助」(人民日報海外版6月2日)を約束した。中朝両国間に新たな経済協力合意が南北首脳会談直前に交わされたことは看過できない。

以上の一連の出来事は、一体、何を意味しているのか。そういえば、ロシア・プーチン大統領は7月の沖縄サミット(主要国首脳会議)の前に北京と平壌を訪問すると伝えられる。このように北東アジアは、北京の影響力が増すなか動きは急ピッチであり、その一連の延長戦に南北首脳会談が位置づけられる。年ごとに増す中国の影響力に注視したい。

日本は長期不況から脱出の展望が開けないまま、「失われた10年」に沈滞している。一方で、過去10年間続けてきた「新潟・北東アジア経済会議」(新潟県・新潟市・ERINA等主催)は、むしろ年間通じてより充実した活動をはかるため「北東アジア経済会議組織委員会」を新に発足した。ようやく本格的に動き出した北東アジアポスト冷戦時代の幕開けに対して同組織委員会の活動が内外の注目を集めるに違いない。ただ、同組織委員会のもつ公的地位(権限)などは必ずしも明白でない。一地方自治体(主催)の地位にとどまる限り、時代の潮流と要請には必ずしも負えないであろう。そのためには地方自治体の連携を含む「日本海開発庁」といった中央体制が一日でも早く整備され、その決断日本政治は強く求められているといわねばならない。