中国の対北朝鮮政策を見る

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金正日・朝鮮民主主義人民共和国労働党総書記の2度目の極密訪中(1月中旬)は、中国の改革・開放の最前線中枢都市上海が主な訪問地であったことで、チャイナ・ウオッチャーの関心を再び引き立てた。今度はシベリア鉄道を搭乗してのモスクワ訪問(4月)がとり沙汰されている。プーチン・ロシア大統領の韓国訪問(2月末)がそこに加わり、北朝鮮をめぐる中ソ間の競合と北朝鮮の出方が内外の注目を集めている。

金総書記の二度目の訪中は、昨(2000)年5月の電撃訪中の延長線に位置づけてみる向きがある。すなわち、北京の発展ぶりを目にした金総書記がさらに進んでいる上海やも視察したいという意向に沿った再度訪中であること。それに加えて、米ブッシュ新政権の登場で対米政策や南北政策の再構築を迫られた北朝鮮が中国との連携強化に乗りだし、中国の支援確保と同時に今年中に期限切れとなる中朝経済技術協力協定の延長協議が指摘される。21世紀の開幕早々、朝鮮半島をめぐる諸国間の交錯とねじれた国際関係は再調整に向けて慌ただしく流動しはじめた。

こうした動きの中で、上記の中国の挙動が注視される。中国はなんといっても朝鮮半島の蔭の当事者であり、「韓国の安全保障はアメリカではなく、中国にかかっている。北朝鮮の南進はアメリカではなく、中国が事前に知る地位にあるからだ」(韓国の学者、趣旨)。この点、私がつかさどる環日本海総合研究機構(INAS)にふれて恐縮だが、過日、「中国の北朝鮮政策の形成と展開」と題する研究会にこの道に詳しいA氏を招いて報告をうかがった。かいつまんで列記すると、次の6点に分けて述べられた。

  1. 対朝鮮半島の基本政策においては「半島の平和と安定の維持」にあること。
  2. 対外政策一般においては「イデオロギーよりも実利的に決定されてきた」こと。
  3. 対朝核政策においては「(米)核独占打破の政策」(1960-70年代)から「核制限の政策」(半島の非核化、80-90年代)に移行したこと。
  4. 安全保障政策においては「準同盟関係」にあること。国境に軍駐在なく、20年毎に同関係が再確認されること。
  5. 対北朝鮮政策においては対中「三日月」(日、韓、台・ASEAN地帯)包囲網の突破、南北バランス外交、平和統一の推移で展開してきたこと。
  6. 対北朝鮮援助政策においては半島政策の最重要部分を構成し、政治、外交、安全保障、経済の各分野を含む全面的援助が講じられ、中連部が蔭の重要なチャンネルとなる。

そういえば、『中国外交』(1999年版)に初めて自国の「大国形象」(大国としての信頼性)に言及し、朝鮮半島問題が特にその具体例のひとつに挙げられた。2000年版の同白書では「責任ある大国の役割を演じる」と一歩踏み込んだ表現となる。中国のこうした自己認識の変化が北東アジア全体にどう投影するか、今後の推移が注視される。

(了)