「シベリアの理髪師」 ―ミハルコフの癒し

|ロシア

映画「シベリアの理髪師」が遅ればせながら日本でも公開された。ロシアで一般公開されたときには、ちょっとしたブームを巻き起こした。これほど美しい映像と迫力あるドルビーサウンドはロシア映画史上初めてだろう。

19世紀末のモスクワ。士官学校生徒トルストイ青年とアメリカから来た魅力的な女性ジェーンの恋愛を軸に物語が展開する。シベリア森林資源開発プロジェクトというサブストーリーもある。

帝政時代のモスクワの町の様子や、貴族の屋敷のインテリア、衣装、マナー、話しぶりなどが存分に楽しめる。氷結したノボデビチー修道院裏の池に作ったオープンセットで繰り広げられるマースレニッツァ祭りの狂騒は、理屈抜きに笑える。

だが、映画の本当のメッセージは、ロシア気質そのものにある。不可解で、ときには野蛮にすら見えるロシア人の振る舞い。

ロシア人は、自らの欠点を小話などで、時に皮肉に、時に屈託なく笑い飛ばすだけのユーモアと余裕をもっている民族だ。しかし、その反面では、人には後進性とあざけられようと、「ロシア精神」は、物質主義的なアメリカ文明などより、ずっと人間的であるだけでなく、長い目でみればむしろ優れており、より強いのだとひそかに信じてもいるらしい。この映画はまさにそのことをロシア人に思い起こさせるために作られたのだろう。日本の流行語で言えば、「癒し系」の作品ということになろうか。ミハルコフ監督のその訴えは、異国人の私などでもふっと引き込まれそうになるほど迫力がある。

自己陶酔、といってしまえばそれまでだが、このメッセージが今のこの時代状況の中で、ロシア人に自己愛と自信を呼び戻していることを知らなければならない。ロシアの若い友人は、この映画を劇場で見、ビデオで繰り返し見て、そのたびに涙が止まらなかった、と私に書いてきた。

改革の10余年がどれほど深くロシア人の心を傷つけてきたかを、私たちは頭でだけでなく、心でも感じとらなければならない。そうでないと、警察国家への逆行かと思わせるプーチンの「維新」が、国民に強く支持されている事情が理解できない。ただ、このような自己愛は、一方誤ると、権力者による心理操作に使われそうな危惧を感じさせる面がなくもない。

ともかく一見の価値はある。ぜひ、お勧めしたい。