プーチン大統領の極東認識  ― ブラゴベシチェンスク演説から ―

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今年7月21日、プーチン大統領は北朝鮮訪問後、ロシア極東のアムール州ブラゴベシチェンスク市を訪れ、そこで開催された極東ザバイカル協会の会合に出席、演説を行った。その演説の全文がロシア大統領のホームページ(http://president.kremlin.ru/events/50.html)に掲載されている。以下では、このブラゴベシチェンスク演説からプーチン大統領あるいは彼の政権が、現時点においてロシア極東という地域をどのように見ているのか、認識しているのかを読み解き、また同時にそこからプーチン政権の性格と特徴を探ってみたい。

プーチン大統領は、まず演説の冒頭で1996年4月に採択された「極東ザバイカル長期発展プログラム」がほとんど実施されず、効果もあげなかったことを素直に認める。その理由として、プログラムの内容が現実からかけ離れ、投入されたわずかな資金も分散的に費消されてしまったことをあげる。さらに、極東政策を根本的に改め、同プログラムを見直す必要性も感じていると述べた。

そして、「もし我々が実際的かつ具体的な努力を講じなければ、数十年先にこの地のロシア人住民は日本語か、中国語か、ハングルを話すようになるだろう」と語った。つまり、北東アジア諸国の巨大な人口と経済のダイナミズムにロシア極東が飲み込まれてしまうかもしれないというわけである。ここには、ロシア・ナショナリズムに巧妙に訴えて国民の統合と動員を計るプーチンの一面がみてとれる。

またプーチン大統領は、連邦中央による極東政策の遂行を困難にしている要因として、ロシア極東では地域としての一体性、相互の経済関係、地域指導者間のノーマルなパートナー関係がそれぞれ欠如していることをあげる。そして、その克服のための最重要課題は、極東地域を「相互に結びつきの弱い複合体(コングロマリット)」から「一体化した有機体(オーガニズム)」へ転化させることであると説く。その際、大きな役割を果たすのが今年5月に創設された極東連邦管区の大統領全権代表職であるとして、現在、彼が遂行している地方制度改革(ロシア大統領を頂点とする全国的な権力体系の確立・強化)の必要性をさりげに強調している。また各地方ごとの奪い合いによってこれまで分散化し、結果として効果を失った連邦から極東への投入資金も、連邦管区がその運用執行を一括監督することにより、最優先案件に集中的に投入できるようになるとする。

演説の後半部分は経済問題に関する言及である。だが、それは連邦中央の指導者が極東経済に触れる際にお決まりの電力危機とインフラ未整備(輸送・通信)の克服問題に多く割いており、やや退屈な内容となっている。つまり、極東経済が抱える周知の問題点をあげるだけで、今後の発展方向の具体的イメージは伝わってこない。演説から判断する限り、プーチン大統領(あるいは彼のブレーン)の極東経済に対する理解は、現時点では「開発の遅れた辺境地帯」というステレオタイプを脱していないように思われる。

プーチン大統領は「ロシア極東には豊かな地下資源、河川、海が存在し、繁栄地帯に転化するあらゆる現実的可能性が備わっている」としながらも、もしそれが達成されなければ「我々は対岸にビルが林立していくのを指をくわえて眺めていることになるだろう」とまたも国民感情に訴える。さらに「我々は高いレベルの科学、教育、文化をもっている」にもかかわらず、隣国に比べて「立ち遅れ始めている」と指摘する。これらはロシア極東住民に共通する感情であろう。すなわち、発展を続ける中国と先進地域の日本、韓国を背に、かつて世界を二分する覇権国であった自らが停滞を続ける現状への失意と焦燥感である。ロシア極東住民の対岸を見つめる目には、期待感とともに、こうした思いが確かにあることを忘れてはならない。その意味で、プーチンは極東の住民感情を巧みについている。

経済発展に向けてナショナリズムを喚起することは多くの国でみられることで、ロシアの場合にも格別に危険視すべきでない。かつての日本における「欧米に追いつけ、追い越せ」も紛れもないナショナリズムの発露形態である。いずれにせよ、ブラゴベシチェンスク演説には、「強いロシア」、「権力の垂直性」、「法の独裁」といった言葉に象徴されるプーチン政権の性格がよく現れているといってよいだろう。