SARS禍の中国から何が分かるか

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SARS(重症急性呼吸器症候群)、この聞きなれない疫病は、その急速な伝播と比例して、日中関係の交流を停滞させようとしている。日中間の学術、経済交流に従事する私個人にも影響は及んでいる。

3月末までSARSを「サーズ」と発音するとは、全く知らなかった。実際3月中旬に私が団長となって30数名の企業幹部を連れて、トヨタ自動車はじめ北京と天津の日系企業を視察した。私一人は引き続き香港と台北を回って帰国した。当時すでに香港空港は閑散としていた。そのあと2日おいてまた訪中し、北京と内モンゴルを訪問した。現在SARSが猛威をふるっている地区に、無謀にも2週間近く足を踏み入れていたのである。

帰国すると、親友である在香港日本総領事館の経済部長から国際電話がかかってきた。”3月21日、北京から香港に来るとき、CA111便に搭乗したでしょう。その便の乗客一人がSARSで発病し重体、同じ便に乗った乗客全員を追跡調査している”と。潜伏期間とされる10日間も経って、身体に別状は無かったが、SARSが急に身近に感じられた。北京行きの大胆さを許したのは、中国政府が4月20日まで、実際は9倍以上に上る北京の患者数、死者数を隠蔽していたからである。SARSに無警戒だから、訪中できたのである。

私が奉職している愛知大学現代中国学部においても、4月25日、JALチャーター便で2年生全員190名を天津の南開大学から撤収させた。私の学部の傑出した特色の一つが、2年次春学期に全員4ヶ月間、南開大学に留学させ中国語のレベルアップと中国文化の習得を目指すことが、必須科目となっていることである。帰国した学生たちはやむを得ず、南開大学から招聘した10数名の先生のもとで、日本で勉強を継続することになった。私も学生を監督するため南開大学に6月1ヶ月間滞在することになっていたが、取り消しとなった。さらに、私が団長となって訪中する5月と7月の経済視察団も9月以降に延期された。

WHO(世界保健機関)の発表によると5月11日現在で、患者数は7296人、死者は526人に上る。その中で半分以上が中国本土で感染者4948人、死者240人、さらに香港では感染者1678人、死者215人とすさまじい勢いである。

このようにSARSが拡大した要因は、中国政府の初期対応のまずさと迅速性の欠如、情報の非公開と共有性の欠落に集約される。そこから何が分かるか。

一つは中国行政機関の隠蔽体質である。このことは狂牛病問題で見られる日本の行政機関とも同質であるが、中国の場合はWHOへの連絡が遅いといった、情報の国際的協調が依然脆弱である。情報の透明度を高め、共有する姿勢が肝要と思われる。

二つ目は事の重大性を認識する能力が弱く、対応が遅いことが指摘できる。それは行政機構と人員の質が低いことを示している。市場経済における企業の役割は強調されているが、マクロコントロールを行なうプレイヤーとしての政府の質的向上が問われている。

三番目は、以前から指摘されていたことであるが、縦割り行政の欠陥が露呈した。はっきりしたことは軍組織と一般行政組織が全く両立していること、さらに各行政機関の間の連絡も緊密でなく、中央と地方の連携も弱いことが明瞭となった。

近代化とは経済の市場化、高度化のみならず、行政の効率化、サービス化、公開性も求められる。また、中国では汚いトイレ、手洗いの習慣がないなど衛生観念が弱い。SARS禍を契機に、中国の「近代化」をもう一度考えてみたい。