SARS一考

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これほど一つの活字が、紙面やマスコミ界をにぎわせたケースも珍しいのではないだろうか。その活字とは、「非典」すなわち「非典型肺炎」の略語、SARSのことである。北京はここ1ヶ月以上、「非典」戦線が繰り広げられており、その戦線は次第に北京側の勝利へと向かいつつある。5月29日時点で、この「非典」の犠牲者(北京)は、感染者2,517名、死者176名であり、全国に占める割合はそれぞれ、47.3%、53.8%と北京での激戦の様子が伺える。経済への打撃も少なくないようだ。特に、影響を受けた業界といえば、観光、飲食、娯楽、交通運輸などサービスで、北京では、例えば観光業の損失は、89年の天安門事件以来としており、感染者がピークに達した5月の連休期間中(通常1週間)の観光客数は前年同期比96%減、観光収入は99%減と壊滅的損害をこうむっている。一流ホテルのロビーの灯が消え、レセプションにホテル従業員が誰もいないのは、悲惨としか思われない光景であった。中国の著名なエコノミストは、北京のGDP成長率を0.5ポイント、中国全体では、GDP成長率を1.5%下方修正(2002年の中国のGDP成長率は8%)する必要があるといっている。

日常生活にも大きな不便が出ている。至るところで、体温チェックされ、37.5度以上を示すと、レストランはおろか、自分のマンションにも入れてもらえない。風邪など絶対にひけないというのは実に緊張するものである。発熱し、ひょっとしてSARSではと恐れおののき、それこそ清水の舞台から飛び降りる以上の決心で、指定の病院に行こうものなら、宇宙服まがいの防御服を身にまとった医療関係者に、血圧測定、血液検査、検尿され、レントゲンをとられ、宣告を受けるまで30分以上、隔離室で待たされることになる。発熱を隠し通せなくなったある日本人は、意を決して医院へ。SARSと診断され隔離された時の用意にと、身の回りのものや常備薬、外部とのつながりを保つただひとつの命綱である携帯電話とバッテリー充電器、それにこの機に及んでなぜか小説をつめたバッグを抱え、医院へ行ったという。医院の異常な雰囲気を目にして、血圧が180まで上昇したという。笑える話ではない。この人は、幸い、ただの風邪と診断され、事なきを得たが、まさに地獄からの生還という思いだったに違いない。罹った時の周囲への影響、すなわち、友人、家族、職場、行った先、住居のホテル、レストラン全てが隔離やら閉鎖を余儀なくされるということや、日本人はまだ一人もSARSになっていないから、1号となったらさぞ世の中を騒がすだろうなと考えると、SARS感染より、そっちの方が心配で堪らなく発狂寸前の思いであっという。

北京市当局は、5月23日「SARSを基本的に押さえ込んだと」しているが、「見切り発車だ」という声が多い。4月、当時の北京市長や衛生省大臣が、感染者数の過小報告を続け、SARS大流行の責任をとらされ解任されているが、最近公表されたところでは、中国指導部から「北京は国際的大都市なので、この点をよく考慮して処理する」よう指示があり、この指示を、「情報公開をなるべく避けよ」と解釈していたという。指示も曖昧だ。新規感染者数が数人となった今でも、最近の統計は実態を反映していないとの見方が強い。過程で言い訳できる状況を残し、結果をみて決めるというのはよくあることで、この解任劇は、実に対中ビジネスの参考になる貴重な事例である。

中国南方航空がSARSワクチンの最初の開発者には終生無料搭乗待遇を提供するとか、広州駅では、乗車券購入時、改札口・乗車時・乗車後の3検温体制をとっていたり、また、あるメーカーのマスクの60%が不良品で、中には、マスクを美しく見せるため、国が禁じている蛍光材で漂白していたといった笑えないケースがあったりと、SARS戦線は、やや我々から遠ざかりつつあるとはいえ、まだまだ砲音は身近に聞こえる状況だ。11月に再燃を心配する向きが多いが、その時、「今年春の経験があるから大丈夫」などといった「温故知新」的状況の到来だけは遠慮願いたい。