イラク戦争とロシア

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イラク戦争はロシアの外交、国内政治、経済に見逃せない影響を与えた。

ロシア側は、当初からイラクにおける大量破壊兵器の有無を明確にする目的で、国連やIAEA(国際原子力機関)の下で行われた監査の継続を主張し、英米軍のイラク進入に反対していた。一般市民レベルでは、冷戦の終焉以来、反米感が一番強くなってきたといえる。アメリカが単独で世界を支配することを狙っているからこそ、大量兵器問題を名目に、イラクに突入した、とロシア人の大半が考えている。よって、ロシア市民の多くは事実上、イラク軍の勝利を望んでいた。こうしたことを背景に、極右・左・中道派を問わず、政治家の多くも、議会選挙を前に、反米主義を選挙運動の焦点にしている。ロシアのテレビその他のマスメディアも戦争が続いていた3週間、英米軍が直面した困難や起こした失敗について詳しく伝えたり、イラクの一般市民のなかで死亡者が出ていたことを激しく批判したりしていた。

米ロ関係を更に複雑にした動きが2つあった。第1に、バグダッド駐在ロシア大使館のスタッフがイラクから退出する際、大使が乗っていた車をはじめ、外交官の車の行列がアメリカ軍によって射撃され、負傷者が出た。第2に、アメリカの国務省は、ロシアの企業が国際的制裁に違反し、対戦車ミサイルや流弾、そして爆撃機や自動誘導ミサイルに対し電波受信障害を加える電子デバイスと機器をイラクに供給したと主張し、ロシア側に抗議をした。

しかし、注目すべきは、両国間関係に大きな打撃を与えるはずだったその動きのマイナス・インパクトは実際、ほんのわずかにとどまったことである。アメリカもロシアも自制したからである。ロシアは射撃事件に関し、公式の抗議さえしなかった。アメリカも武器輸出問題をあまり押さなかった。

V.プーチン大統領自身としては、ロシア国内で反米感が強まる時に、ドイツやフランスのリーダーと違い、イラク戦争に関し発言を控えることにしていた。大統領にとっては、イラク戦争のためにロ米関係全体を崩すことなど当初から考えられなかったことは明らかである。ロシアの世論の動きも一方的に見るべきではない。世論調査の結果によると、市民の大半がイラク戦争に反対していても、ロシアの国益から見て、アメリカとの決裂は許されないと考えている。

イラク戦争が終わった今、変わりつつある世界秩序の中でロシアがどう位置付けられるか、そしてその戦争がロシア経済にどんな影響を与えるかについて真剣に考える時が来ている。ロシア側は、イラクの復興に国連が大きな役割を果たすべきことを主張していても、実際、英米が主導役を果たすことを受け入れるしかない。そこで、英米主導型の下でも、ロシアの企業が復興関連の受注や石油等のイラクの天然資源開発ができる等、ロシアの利益が守られるよう、駆け引きを始めている。

もう1つ大きな問題は180億ドルにのぼるイラクの対ロシア債務の行方である。イラクの新当局がサダム・フセイン政権の債務を認めない可能性が生じていることは大きな懸念材料となっている。

それに、石油価格が下落する懸念が加わっている。

全般的には、ロシア経済に対するイラク戦争の影響が肯定的だったとはいえない。石油会社は数百万ドル規模のプロジェクトを実施できなくなった。それに、重電設備、農業機械、車両等の輸出契約も無効となった。

しかし、意外に、プラス影響を受けた部門もある。1つはリゾート産業だ。観光客の多くは、人気が高かったアラブ諸国やトルコのリゾートに変わって、クラスノダール州などの国内リゾートを使うようになっているからである。

そして、イラク戦争をきっかけに、東アジアと欧州を結ぶスエズ運河経由の海上輸送路の安全性が問題視されはじめているために、シベリア鉄道を中心としたロシア経由の輸送路の人気が高まっている。今年の第1四半期、シベリア鉄道の大型コンテナの輸送量は前期比で70%弱と前例がない増加を見せた。「イラクはシベリア鉄道の復活に貢献した」という逆説的なことがいえる。