2002年におけるロシア経済の動向を振り返って

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2002年はロシア経済にとって、どんな年だったのだろうか。いろいろな評価があると思うが押しなべて『順調に推移した』、『更に一段改善した』という肯定的な論調が大半を占めるとみてよいだろう。その中で特にロシアの経済環境がどう推移したのか、また、そうした状況を踏まえて今後、日ロ間のビジネスはどのように進むべきであるのか。誰しもが関心を持っているところである。そこで、敢えてご専門の皆様の批判を恐れず、自分なりの見方を簡単に纏めてみることにした。

勿論ロシア経済の総論については、資料もいろいろ出回っているし、ERINAの愛読者の皆様がよくご存知と思うので、現地に在住しているものとして、環境の変化や微妙な発展の匂いなど、感じているポイントだけに絞って整理を試みたいと思う。

安定局面に入ったロシア

最近注目を浴びている事を一括りで整理すると、ロシアでは政治が落ち着いて、順調に推移している石油価格を追い風として経済は上昇局面にあることは疑いを挟む余地はない。それを裏付けるように、近年MICEX(モスクワ証券取引所)の取扱高は大きく伸び、更に増加しつつある。そうした恵まれた環境の中で、このレベルにとどまらず、ロシア経済がさらに一段成長する兆しを見せていることは間違いない。詳細は割愛するが、国際収支の黒字、インフレの沈静化、(15.1%というソ連崩壊後、1997年に次いで2番目の低レベルであった)外貨準備高、どの指標をとっても、順調に伸び続けていることなど、ロシア経済が安定的成長局面に入ったことを示す材料には事欠かない。

しかし、その反面2000年をピークとして、それ以降は、実は年を追うにつれて経済成長率は下がってきている事実は見逃せない。私は、これについて現時点では深刻ととるべき要素ではないと見ているが、たとえば国際石油価格の成り行き次第では将来的な懸念を内包してないとは断言できない。2002年の経済成長率は前年対比、更に下がり、4%をかろうじて維持したというのが実体である。(デフレ、株価、証券、為替とともに経済全体が回復の出口を見失った不調続きの欧米、日本などに比べれば実に立派なものであるが、論理の趣旨から外れるのでここでは敢えて比較は行わない。)

2002年の肯定的側面

2002年の総合評価に話をもどすが、いずれにしても同年においては多くの点で、少なからず成果があった年だと言ってよかろう。その中で格別インパクトがあったのは、アメリカとEUが相次いでロシアを市場経済国として認定したことである。(勿論、これには世界の二大経済圏による政治的な深慮遠謀の含みがあることは当然承知の上での話である。何故なら、EUにもアメリカにも、実際にそんな認定基準などありはしないし、精査したデータや記録が認定の根拠として発表されたわけではない。)実際のところ、ロシアの市場経済が突然進化したわけでもないし、投資環境が改善したわけでもない。しかし、世界の最強の二大経済圏が敢えて、ファンファーレ付きでこうした発表を行ったことは、ロシアに対して、少なからざる付帯的なメリットをもたらしたことは紛れもない事実である。代表的な例を挙げよう。

  1. WTO加盟交渉が加速しはじめた事。勿論これもロシアの自助努力というより、EU、アメリカの政治的意図によるところが大きい事は申すまでもない。
  2. 石油・ガスを初めとするエネルギー資源など地下資源は別として、特にロシア政府が強く念願している各種製品の輸出振興においてアメリカやEUの規制が徐々に緩和され、増加の傾向が見え始めたこと。
  3. それに、こうしたムードを受けて最近海外からの投資が増加する兆しを見せ始めたことである。

他方、経済が安定成長を果たしている状況下にあって、ロシア政府は着々と司法改革を推進するとともに、ビジネス環境の改善に直接寄与する新たな法律の発布、既存の法律の整備を行っており、西側で行われている市場経済運営がロシア国内においても円滑に運営されるべく整備を進めてきている。民法、新破産法、農地売買法などは一つの例に過ぎず、特に経済発展貿易省が真剣に取り組んできた結果、2002年には46の経済関連法案を議会に上げ、通過させている。加えて、司法改革によって、警察などの治安維持に携わる関係者のみならず、裁判に直接携わる関係者らが恣意的に不公正な裁定を下す事が出来ないよう改正が進みつつある事は、投資環境の整備という意味でもおおいに歓迎したい。

中央と地方の乖離、貧富の差の拡大

消費が安定的に伸びてきていることについては、すでに多くの外国からの訪問者が見聞録などに残しているので、繰り返すまでもないが、それでも小生が在住しているモスクワについて敢えて印象を述べよう。市街地の建物や、高級商品店において高額の買い物をする様を眺めていると、日本はすでに消費力では追い抜かれつつあるのではないかという錯覚を抱かせる程である。紙面に限界があるので詳細は割愛するが、日本顔負けの高価格の寿司バーに自然体で出入りするオフィス・レディーたち(ただし一部の例外を除けば、味は日本とは比較にならない程落ちるが、あまり気にしていないようである。正確に言えば本当の味を知らないのだから致し方ない。)それに、西側の超大型スーパーマーケットが軒を連ね、あらゆる高級ブランドのブティックで有名となったストリートにどこの貴婦人かと見まがう優雅な女性が何気なく出入りする景観は、これが11年前に社会主義経済に挫折してその看板を下ろしたばかりの国とは信じがたい。

だが、モスクワやサンクト・ペテルブルグなどのメガポリスにおけるこうした華やかさは、あくまでも特殊であり、むしろ異常とさえ言える。地方都市に出かけるとき、中央と地方の乖離を嫌というほど見せ付けられ、貧富の格差は一向に縮小しないどころか、反対に開く一方である。プーチン大統領は地方行政の把握と、経済環境の改善の必要性を唱えて、7つの行政管区制度を引きそれぞれに自らの代表を送り込んだが、結局のところ、広いロシアの中で反逆者の発生を未然に防ぐべく監視・掌握することに主眼が置かれ、シベリア、極北、極東の経済を改善という課題は、少なくとも現在の政府財政と行政能力では手に余るというのが実体である。

投資環境

次に、投資環境について言えば、まだまだ不十分としかいいようがない。既述の通りロシアの経済成長率は2000年以降、徐々に下降線をたどりつつあるが、それがこのままずるずると将来の懸念を増幅するか、逆に上向きに反転するかは、今後の直接投資の経過次第である。幸いにして海外からの直接投資は増加傾向にあるが(2002年1-9月における外国からの投資総額は26億ドル、対外投資受入額の22%を占める)、老朽化した設備を十分に更新し機能させるにはまだ程遠いレベルに過ぎない。もう一つの投資に絡む問題点は、本来投資を最も必要とするところに一番不足していることである。地域別でも対象産業別でも歴然とした格差があるし、総じて、ロシア政府にはこうした格差の是正政策が強く望まれる。他方では、2002年の1-9月中にロシアから外国に投資された金額は163億ドルにも達しており、このような現実がある限り、当分の間ロシアの真の経済発展は望めないと言わざるを得ない。ロシア政府は、ロシアによる対外投資は短期的な性格のものであり、海外に長期的に蓄積される事はないと説明している。即ち比較的早くロシアに再投資されていると言いたいようだが、必ずしもそうとも言い切れない。ロシア市場を最もよく知っているロシア人の投資家が、自国に投資するどころか、海外の投資家からの受け入れ投資額を圧倒的に上回る金額を外に投資していることは、間違いなく懸念要因である。

多少各論になるが、ソ連時代からかろうじて生き残っている、重厚長大型の鉄鋼産業、化学産業の類はご承知の通り、投資に飢えているが一向に助け舟が現れないのが実情である。ロシアの経済はいま、①政府が頼りにし、飛ぶ鳥を落とす勢いの石油産業と、②特にモスクワ、サンクトなどの大都市圏を主要な消費地とする食料などを中心とした製造業およびサービス産業が支えている状況にあるといえる。③自動車産業では、十分と言えないまでも西側の資本導入と需要に助けられて、改革が進んでいることは先に希望が持てる。④一時隆盛を誇っていた航空機産業も瀕死の白鳥となり、最早自力では飛び立てない状況と言った風情だが、グレフ経済発展貿易大臣の音頭取りで、政府が本格的な救済に入ろうとしていることは、かろうじて救いである。数年後の結果に期待を寄せたい。

重要な中小企業育成

総合的に見て、小生は現在のロシアでは、経済発展の基盤を作るには、中小企業の育成がいま最も重要な課題であると考えている。ロシアのどこから手をつけようか思案している、日本の経済界は、大型プラントを追うのもいいが、現状では相当無理があることは実証済みである。信頼できるパートナーを見つけて、小額の投資でかまわないから、まずやってみる事である。大事なことは、彼らとしっかりと手を組み、彼らを育てながら自らも練習をしていくことである。今まさにそれを本格的に考えていくべき時期にきていると考える。1980年代に跋扈したような、自社株の操作や売買、あるいは政府と癒着した裏取引で、経営者が個人の懐を肥やすことに専念する大手企業や、改革を恐れている間に沈んでいく旧ソ連式経営を引きずる企業と違って、小粒ながらも真面目によく勉強している経営者はいくらでもいる。(ここにおいて、小生が所属する日本センターの役割もあると考えている。)

今後のビジネスの方向性のあり方について

ロシア政府は今年、原料以外の輸出の強化に本格的な支援体制を整える方針のようである。日本は、ロシアからの輸入と言うと、買えるものなどありはしないという先入観に捉われている。単にロシアにおいて既存の商品を物色するのではなく、ロシアの小回りの効く企業と一緒になって、日本や世界の市場に向けて、真に需要が期待出来るものを作り出していくという、商品開発と販売における協力体制を築いていくという発想が最も必要であると考える。日本から技術を持ち込むのも手っ取り早いかもしれないが、ロシアにある技術に手を加えて、新商品を開発することも可能であろう。日本が積極的に加盟して活動を行っているISTC(国際科学技術センター)にコンタクトしてロシアの技術を調べるのも意味のあるアプローチである。また必ずしもハイテク絡みの画期的なものである必要はない。たとえば日本の中小企業にある、長年に亙って改善を積み重ねて来た立派な技術は、ロシアに馴染みやすいと考えている。またビジネスの方式としては単に売り切り、買いきりだけでなく、トーリング・ビジネスも馴染むと思う。勿論、リスクは覚悟してかからなければならない。ただし、世界の他の国におけるリスクと同レベルのリスクと考えて入っていく気持ちが大事であろう。幸い、日本センターやロ東貿、JETROなど、多くの情報やパートナーとなりうる企業や人材を紹介できる日本の組織もある。蓋し、おおいに活用すべきであろう。

日ロの関係で敢えて一言付け加えたい。エネルギー資源を中心とした大型のプロジェクトの達成は両国間の経済関係にとって大きなインパクトがある。しかし、そういう所謂プロジェクトものは短期間に実現しにくいし民間が単独で動けるものでもない。(尤も、官民一体となってこれから動かしていく対象はいくつかあるので、それはそれで可能性を追求すべきであることに疑いの余地はないし、その意義を決して否定するものではない)。しかし、そうした大型の政府間レベルのプロジェクトとは無関係に、環日本海の都市や地域同士が経済関係を徐々に、だが着実に作りつつあるように、今までにロシアとは関係を持たなかった民間企業が、ロシアに関心を示しはじめ、相互に接近し合い、関係を作り出し始めていることは、地味な仕事だが確実に将来の基盤を為すものであり、小生が心密かにその成果を期待しているところである。勿論、ここにおいてNEXI(日本貿易保険)やJBIC(国際協力銀行)のfacilityを最大限活用すべきことは申すまでもなく、そのための研究も大いに必要である。最近、モスクワ空港に降り立つアエロフロートの乗客で、実はロシアは初めてですと言う人が増えているのも、頼もしい限りである。彼らの僥倖を祈ると共に、必要に応じて手を差し伸べたくなる気分である。

以上