停戦から平和まで50年?

|朝鮮半島

7月27日、朝鮮停戦協定締結から50年の節目を迎えた。今年4月、北京で朝米中の3者会談が開かれ、近く第2回会談が開かれる模様である。停戦協定締結の実質的当事者による会談を、50年にして訪れた平和への転機として前向きにとらえたい。北東アジア経済圏の形成と発展にも大きな契機となろう。

2者から6者まで、会談形式はまだ決着がついていないようだが、どの場合でも共通項となるのは朝鮮半島非核化であろう。ここで忘れてはならないのは、核武装だけではなく核使用の問題もクリアすることである。米中ロが非核地帯という南北朝鮮の国際法的地位を尊重し、持ち込まず、使わず、通過もさせないという条約が理想的だろう。日本やモンゴルも含めて北東アジア非核地帯条約とするのは、どうだろうか。

少々イデアルな議論と思われるかもしれないが、現行国際法を超越する拡散防止構想(PSI)を目指すより、よっぽどましだと思う。「過去の清算もろくにしていない日本が朝鮮半島の未来にかかわろうとするのはどういう神経なのか」と陰口をたたかれるより、唯一の被爆国、非核3原則の国として一役かってみてはどうだろうか。

…小国であるわれわれにとって、唯一の問題解決法の基準は、自主権と生存権に対する脅威の除去である。

この基準をみたすうえで、協商の方法もあり、抑止力の方法もありえるが、われわれはできるだけ前者を希望している…

以上は、朝鮮半島核問題の根本的解決のため朝米不可侵条約締結を提案した昨年10月25日付朝鮮民主主義人民共和国外務省スポークスマン談話の結びの部分である。朝鮮が協商(negotiations)よりも抑止力の方法を重視し始めたのは、イラク戦争を目の当たりしてからである。

朝鮮が核施設の凍結を解除したのは、米国(日本を含むKEDO)が重油供給を止めたためである。米国は元々、昨年12月分の重油の手当をしていなかったし、朝鮮側は昨年10月、米国特使に対しウラン濃縮核兵器計画など認めていない。

われわれは最近、自らの行動(開戦)を正当化するため情報操作も辞さない国があることを改めて思い知らされた。その尻馬に乗せられて構想段階に過ぎないPSIをすでに実践段階に移している国もある。突然「ハシゴをはずされる」ことのないことを祈るばかりである。

北東アジア経済圏の形成と発展において、最大のネックは同地域に国交すらない国家関係が存在することである。朝日両国であることは言うまでもない。同問題を解決するべく平壌共同宣言という里程標がすでに存在する。宣言1周年までに本来の軌道に戻す努力が求められている。