ロシアのWTO加盟について

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前回のオピニオン欄では日ロ貿易に関する私見を述べた。その折り、結びの部分で、『ロシアがWTO加盟に向けて必死の努力をしていること、そしてこれらはロシアに大きな痛みを強いるものとなろうが、挑戦の姿勢は評価したい・・・』旨述べた。実際、ロシアの貿易についてはいまやWTOへの加盟の見通しを抜きに議論するわけにいかない。ロシアのWTO加盟はすでに時間の問題になっていることは間違いないにしても、条件のクリアを達成する交渉の過程は未だ予断を許す段階に至っていない。しかし今後のロシアの貿易の近未来、中長期の動向を見定めるうえで、交渉の成り行きから目を逸らすわけにいかない。その意味で本稿では、現状を整理すると共に、主としてロシア側がどのように見ているかについて当地で入手しえた情報をもとに、今後の見通しを考察してみることにした。

7月ジュネーブにおいて、ロシアのWTO加盟に関するワーキング・グループの第20回会合が開催された。ロシア側に言わせれば『すでにWTO加盟のための条件の85%が合意されているにも関わらず、懸案となっている課題の解決については、またしても進展が見られなかった。』(政府筋)ということである。

ロシアのWTOに加盟するための重要要件の一つは、電力およびガスの国内価格の国際価格レベルへの上方修正にある点は以前と変わっていない。しかし、どうやらここにきてWTO側よりは、国内・国際価格の同一水準の問題だけではなく、エネルギー価格決定のメカニズムにおける透明性が要求されていることに頭を痛めているようである。ロシア側の情報によれば、石油およびガス価格の具体的な値段の問題は全く議論されなかったという。一方、ロシア側の代表団の姿勢はと言えば、『エネルギーはWTOの調整対象ではない』として、本件に関してはいかなるオブリゲーションを負うつもりはないという頑固な態度を貫いている。これは以前の交渉の姿勢と変わっていない。

一方、交渉において未解決のままとなっている問題の中には、エネルギー関連以外に、各種アイテムに対する関税タリフの問題が残っている。主な対象は自動車、航空機、家具、薬品などであり、また農業生産物に対する保護貿易についてもWTO側より是正を要求されている。たとえばWTO加盟の複数国より自動車に対する輸入関税を現行の25%から5%に下げるよう強い要求が出ている。

ロシア側は2003年中にも『外国企業のロシア商品・サービス市場への参入の緩和』に関する交渉を完了したい旨の前向きな姿勢と期待を表明している。こうした状況をすべて総合して、ロシア側は、今後交渉が順調に推移すれば、2004年中にもWTO加盟の可能性も十分あり得ると見ているようだ。これを楽観に過ぎると見るかどうかは敢えて意見を控えたい。当初WTO加盟の是非については、ロシア国内でも大きく議論は分かれていた。国内産業の保護、ひいては国益の観点からの反対は今でもあるが、趨勢は是とする形で収束している。翻って、WTO加盟諸国にとっても大きな市場を切り開くことにつながるため、できるだけ早急にロシアとの交渉妥結を期待するという立場にある。その意味で利害は一致している。しかし、まともな市場として機能せしめるにはそれに相応しい条件を備えていることが求められるだけに、最初から、即ち加盟交渉の段階において要求も厳しくするのも当然であろう。次回のワーキング・グループの交渉は本年10月に行われることになっている。

ところで、ロシア側では、交渉の端緒の時点で政府側から産業界に対して十分な説明が欠如していたこともあり、交渉の中止を求める声やそのメリットとデメリットについて説明を求める声が強かった。いまではこうした声も収束し、概ね交渉を支持する意見が支配的である。こうしたロシア側の真剣な姿勢と加盟に対する願望の強まりには、それなりの経緯と背景がある。ロシアにとってWTO加盟はより現実的な問題となってきたということである。以下に述べる鉄鋼の対米輸出をめぐる一連の出来事は、ロシアをしてWTO加盟を急ぐ必要があることをひしひしと感じさせるに足る、いわば大きな動機になったようである。WTOが、2002年3月、米国が鉄鋼輸入に課した関税は保護関税であり、違反であることを承認したことである。当時、米国は、ロシア、ウクライナ、日本、中国、韓国、ブラジル、フランス、ドイツその他の輸出国からの金属製品の輸入に対して30%という事実上の拒否関税を設定していた。EC諸国は、WTOを表に立てて、米国の不当な措置に対して厳しいクレームを申し立てたのである。そして米国への対抗措置として欧州諸国への輸出に対しては同様に高率の輸入関税を以って報いる旨の通告を行ったのである。

翻って、米国の国内鉄鋼市場ではこうした高率の関税による輸入量の操作が機能している間、価格が50%以上も上昇した。この御陰で、多くの鉄鋼メーカーが倒産を免れたのみならず、国内市場でシェアーを回復し、更に89%まで伸ばすことができた。こうした貿易当事者国間の相互の利害がぶつかり合った後、紆余曲折を経て、米国は幾種類かの特殊な鉄鋼を除いて、ロシアを含む当事者国と妥結を見るに至った。2003年の3月から輸入税は24%に軽減された。

これを契機にWTOの専門化によるアンチ・ダンピングの査察が実施されるようになり、WTOに加盟している鉄鋼生産国は再び米国市場に参入ができるようになった。加えて、この一連の動きは、対米輸出国だけでなく、アメリカ国内でも金属製品の急激な値上がりにブーイングしていた自動車メーカーを始めとする国内のユーザーにもおおいに歓迎された。(しかしホワイトハウスは、WTOの決定には国内で反対が多いことなどから2003年末までは関税障壁を撤廃しないことを宣言している。)ロシアはこの一連の動きを目の当たりにして、また自ら一方の当事者国としてWTO加盟の意義を肌で感じる事になったと言ってよい。即ち、仮にWTOがこうした裁定を下さなかったとしたら、ロシア、ウクライナ、中国、南アなどに対して米国鉄鋼メーカーは、自己の都合に合わせて更に違反的貿易活動を継続することになっていたであろう、とロシアは見ている。今年7月にアメリカの鉄鋼メーカーは国際貿易委員会に対して、今後5年間は障壁措置の維持を認めるよう要請した。仮にこの要請が受け入れられる事になれば、リストに挙げられた輸出国は米国の鉄鋼需要の1.5%以下しか納入ができないことになるというデータがある。その際に輸出国の中では、すでにWTOに加盟している中国はロシアと違い、WTOの舞台で米国の措置に対して正面から反対を唱えることができる。そのロシアはと言うと、目下のところ対抗する手段を持たないのが実体である。それをロシアは敏感に感じ取っている。

一つの例を挙げたが、いままた新たな問題が起きかけている。それは今年6月12日にEUがロシアからの金属シリコンの輸入に対して関税をかけることを表明することによって始まった。関税は6ヶ月間25%とされた。この結果、ロシアの金属シリコンメーカーおよび輸出業者は、同期間内に2000万ドル以上を失うことになると試算された。2002年の秋、米国がロシアのシリコンの輸入に対して自国市場を閉鎖したことを思い起こせば、それに次いでロシアにとっては不公正な貿易を強いられることになる。“昨年わが国が手に入れた市場経済国のステータスも、実際にはあまり役に立たないようである。唯一WTOの加盟だけがわが国を実際に防御できる事になりそうである。”これはある経済貿易発展省の官僚の言葉である。

上述の通り、ロシアのWTO加盟は議論の余地のない問題となっている。しかし実際には、交渉に当たっている、役所の本当の一部しかWTOの本質を理解していないのが実情であり、それ以外の経済関連省庁の役人や、実際に貿易を営む業者も、その意義については殆ど無関心でいるのが事実である。当日本センター(経営教育センター)は、こうした状況を踏まえて、ロシア人経済関係者に対してWTOとは何かから、よく理解せしめるべく、年内にもWTOセミナーを開催すべく準備中である。