日ロ間ビジネスにおける追い風

|ロシア

追い風というのは、いつでも吹いてくれるわけではない。ビジネスをやっていると、どちらかといえば逆風の方が多いと感じるのが常である。特にロシアビジネスについて言えば、ソ連崩壊後、ずっと逆風が吹き続けていた。本当は明らかに順風の時もあったのだが、日本ではそうした順風を敢えて順風と認めなかったところがある。

具体的に言えば、1999年以降のロシアにはすでに順風が吹き始めていた。その後の安定した経済成長はそれを裏付けるところとなった。しかし日本の経済界は依然として慎重な姿勢を崩さなかった。それはソ連崩壊後のロシアの政治・経済の迷走ぶりと共に、実際にロシア市場の開拓を目論んで真剣に挑んできた企業も、結果としてマイナスイメージでしか捉えられない程度の成果しか得られていなかったこともある。つまり投資対効果では明らかにマイナスで推移し続けたことから、市場戦略的にいえば自ずと優先順位は低いランクでしか評価されざるを得なかった。

企業の担当レベルや現地の駐在員事務所ではこうした逆風を受けて切歯扼腕の状態が続いた。こうなると、仮に環境が順風であってさえ、市場が市場としての可能性を発揮できない状況に置かれざるを得なかった。そうした状況に置かれていたのがこれまでの日本にとってのロシア市場であった。つまり市場の絶対的な価値などは存在せず、それを見る国や企業による評価、即ち、相対的価値観によって決まるということである。換言すれば順風、逆風、追い風などは見方次第であり、ここがゴルフとは違うところである。

個別企業や関連経済団体が努力を怠ってきたなどと言うつもりはない。経団連の日ロ経済委員会、ロシア東欧貿易会、ERINA等の団体や企業連盟は勿論、それらの個別の加盟企業はなんとかして、新生ロシア市場に楔を打ち込むべく涙ぐましい努力を継続してきた。

しかし、ロシア市場は石橋を叩いて渡る日本ビジネス界にとっては、本気で踏み込むだけの条件を整えてくれなかった。中でもエリツイン大統領時代の朝令暮改的な方向性を見失った立法制度や、法律や規則の現場への不徹底、現実から遊離した唯我独尊的な大統領令や政府令、税関員に代表される恣意的な法令や規則の勝手な解釈、汚職等々、その他ありとあらゆる否定的要因は枚挙に暇がなかった。

日本政府も手をこまねいていたわけではない。日本国際関係銀行(JBIC)によって開発されたロシアの銀行経由のツーステップローンや2001年に発足した日本貿易保険(NEXI)によって新たに開発された保険システム(前払い輸入保険、仲介貿易保険)も加わった。しかし、結果としては、折角のこうした日本政府による支援によるビジネスの推進努力にも関わらず、日本企業が難渋を強いられたことは残念ながら事実である。

そうは言っても、やはり日本側の姿勢にも問題があったことを指摘しないと不公平になるであろう。確かにロシアは投資や融資を躊躇させるに十分な理由があった。それは努力不足というより、バブル経済崩壊後にやってきた経済環境は、独自の足元を固めることに齷齪(あくせく)せざるを得ず、ロシアのような不安定な市場に全力で取り組むだけの元気を持つ、あるいは余裕を持つ企業は皆無に近かった。それどころか、取り組み優先市場リストでは殆ど下方から数えたほうが早いところにランクされていた。

その間、欧米や韓国がロシア市場で本格的な陣取り合戦に参加していたことは、厳然たる事実である。新生ロシアになって方向性を見失った企業を買収し、設備を更新し市場を席巻していった。これらの国の企業はロシア市場が新たに出現した魅力ある大市場であることに注目して、戦略的見地から着々と布石を打ってきたのである。勿論彼らも、ロシアの無秩序な法制度やでたらめな商習慣、略奪的資本主義に苦労を強いられてきたことは申すまでもない。だがはっきりしていることは、欧米諸国や中国、韓国などから見れば順風も逆風もなく、当然のごとく攻略対象の優先順位にランクされていたのである。

さて、昨今、状況はどうのように変わったとみるべきであろうか。日本にとって逆風は順風に変わり、さらに追い風になろうとしている。敢えて、いくつかの「追い風が吹き出した」といえる変化の要因を整理してみよう。

(1) プーチン改革の効能
ロシアは2000年にプーチンという大統領を迎えて、大きく変貌した。制度改革と秩序の確立のための真剣な努力が行われ、その成果が出始めたことである。朝令暮改は激減した。無意味な議論を繰り返す国会の空回りもなくなり、必要な法令の採択にスピード感が出てきた。そして今年からプーチン大統領の二期目がはじまったことは極めて重要であり意義深い。何故か?経済移行期をほぼ終えて市場経済体制の仕上げの段階に入ろうとしている時期に、改革の継続性が保証されたからである。秩序の確立は内外からの投資を呼び込むためには何よりの薬効である。
(2) エリツィン大統領時代には、国家は市場経済へ移行宣言をしたのはいいが実際にはその体得に苦しみ、右往左往するばかりであったのは記憶に遠くない。経済の行き詰まりをトカゲの尻尾切りよろしく、首相以下主要閣僚を入れ替えることでごまかしてきた(実際、1992年から1998年前半まで毎年、GDP、鉱工業生産、農業生産、その他あらゆるマクロ経済指標は判でついたようにマイナス成長を繰り返してきた)。プーチン大統領になってから政権は安定し、それぞれの省庁の責任者も落ち着いて行政を進める環境ができた。これは1998~1999年の事実上政治が麻痺状態にあった当時と比較すれば、雲泥の違いである。実際、上述した90年代のマクロ指標は貿易収支、インフレ率、外貨準備高も加えてれ以前の数字がまるで嘘であったかのように反転して、成長路線を驀進しているのである。
(3) 上述の通りロシア経済は1999年に底を打ち、その後それまでの低迷から脱却し成長を続けている。2003年のGDPは4,300億ドル(対前年度比7.3%の成長)を記録した。成長率そのものは当然注目に値するが、それ以上に成長の持続の事実が大事である。その背景には石油の国際価格の高値安定が土台にあることは申すまでもないが、プーチン政権による改革の意義がそれと相俟って大きい。いまでは仮に石油価格が多少下落しても、すでにロシア経済は過去6年間の安定成長の間に今後の成長を持続するための基盤を構築したと考えるに足る数字的根拠がある。
(4) 東シベリアの資源開発へ日本の力が必要になったこと
プーチン大統領の世界観における東南アジア市場の位置づけはどうなっているだろうか。公式的発言は別としてプーチン大統領自身の本音に接する機会はないが、筆者はこれまで多数のロシア人識者の意見を聞く機会に恵まれた。彼らは明確にアジア市場の戦略的重要性と中国への警戒感を認め、そのために日本の力が必要であることを異口同音に明確に述べている。ロシアの地政学的・政治力学的立場に思いを致し、更にこうした識者の意見を聞くに、クレムリンでは日本との各方面での提携と関係改善が喫緊の重要性を帯びていることを再確認していると判断してほぼ間違いない。そうした環境の中でシベリア原油パイプラインのナホトカルートが優位に立っていることは、ロシア側の算盤勘定もあろうが、こうした環境を裏付ける大きな材料と考えてもよいであろう。勿論、石油だけではない。未開発の東シベリアの無尽蔵な各種地下資源の開発と商業化は、ロシアにとって日本との協力を計算に入れないわけにいかず、そのために今後、極東シベリアにおける政策的経済協力の姿勢が強化されてくるであろうことは決して想像に難くない。
(5) 日本政府による日ロ関係改善の方向性として経済分野に力点が置かれたこと
日ロ間の善隣友好という古めかしい単語を持ち出すまでもなく、これまでのギクシャクした関係に終止符を打ち、滑らかな自然な関係の道を作るには、これまで後回しになっていた経済関係の強化を大きく進展をさせる必要性について官民ともに痛感している。そのことはすでに、昨年1月に小泉・プーチンの両首脳で署名された日ロ行動計画や、12月のカシヤーノフ首相訪日時の共同声明、日露貿易投資促進機構の設立に関する覚書などの外交努力による各種外交文書は上記(4)と相俟って相乗効果を生み出しつつある。それは日ロ貿易投資促進機構の立ち上げにおける政府による努力にも強く伺い知ることができる。この機構の効果のほどは未知数だが、これまでになかった試みとして極めて重要である。筆者が所属する日本センターもその構成主体の一つとして効果的な方法を検討し、最大の貢献をすべく努力を惜しまない所存であることは申すまでもない。
(6) 日本経済の底打ち=ロシアへの進出の姿勢が昂進
日ロ経済関係は日本の経済の低迷と歴史を共有している。日本企業はロシア市場への本格的な取り組みに手を出さない理由として、90年代はロシアの市場混乱を主な理由としてあげてきた。しかし、もう一つの理由として、日本経済の低迷による各企業の資産圧縮によるリストラと市場選択の必要性を迫られたことと無関係ではないことは大勢が認めるところである。いま、漸く日本経済もトンネルから抜ける兆しを見せ、自動車産業や工作機械で見られるようにすでに新たな成長軌道に乗った分野もある。こうした中で、ロシアに対して進出を始めた日本企業が増えたことは見逃せない要素である。すでに昨年だけでモスクワ商工会に加盟した企業は14社であり、その後も増え続け、3月末現在81社に達した。まだアメリカの同様団体であるモスクワ米国商工会議所に比べれば10分の1に過ぎないが、目覚しい伸び率であることには違いない。

他にも今後の可能性を予見させる要素は沢山ある。

勿論、プーチン大統領の強権による政治のあり方には多くの批判がある。しかし、過渡期のロシア経済にはそうした強権による指導力が最も有効であることは歴史も証明している。実際、諸税における減税措置、土地の私有化などによって、多くの付帯的効果が出てきている。EBRD、世銀などの動きも活動を急速に活発化しつつある。

さて、久しぶりに訪れた追い風を活かせるか否かは、企業のボードはじめ当事者次第である。従来どおり、ロシアマフィアとか、混乱とか、ソ連時代の債務未返済とか、カビの生えたロシアイメージを拭い去れないようであれば、その企業は今後ともロシア市場での活動の場所はないであろう。追い風に乗るか乗らないか、つまりチャンスをどう活かすかは当事者次第である。筆者の意見は、「今度こそ確実にロシア市場にシートパイルをシベリア、ウラル、極東の土地に深く何本も打ち込むべきである」。

以上は筆者の私見であることをお断りしておきます。

[ERINA翻訳]