ダーチャからグリブィへ、そしてモロースへ

|ロシア

短い春と2ヶ月あまりの夏。都市部に住むロシア人の生活はダーチャを抜きに語ることはできない、と言ってもあながち誇張にはならないだろう。ロシア語でダーチャとは「別荘」を意味する。だがここで言うダーチャとは、住宅地から1、2時間ほどの郊外にある、いわゆる家庭菜園と、夏の間そこに寝泊りができる、普通は持ち主自身の手作りになる小屋を指す。社会主義の優位性を誇るかのように、必ずしも特権階級ばかりでなく庶民でも持つことができる家庭菜園を「別荘」と名付けたことも、社会体制が変わってしまった今日では面白くも思える。

面積およそ300から400平米程度の土地に、人々は2番目の主食とも言えるジャガイモや、そのほかトマト、きゅうり、キャベツ、玉ねぎなど、好みによって幾種類もの野菜を栽培する。日本人にとっての味噌汁に相当するボルシチに欠かせないスヴョークラ(甜菜、ビート)もよく目にする。果物や黒スグリのような木の実を食べる潅木類を植える人も少なくない。ちなみに、ソ連邦が解体されていく90年前後の食糧危機を救ったものの1つも、他ならぬこのダーチャだった。

さて、夏の終わりに収穫を終えると、今度はトマト、きゅうり、キャベツなどを塩漬けにする仕事が待っている。塩漬けといってもピックルスと変わらない。野菜不足の冬に備える保存食だ。たいていの家庭では3リットルほどの広口ビンに数十本は作るので、毎年この時期になると主婦たちは大忙しである。善良な男たちも手伝いに借り出されることは言うまでもない。手前味噌ではないが、各家庭によって塩加減はもとより、使う香草類の種類や量によって微妙に味が違うので、お呼ばれした時、この塩漬け野菜を食べるのも楽しみの1つだった。最近では温室栽培も盛んになり、真冬でも市場や食料品店で新鮮な野菜が買えるようにはなったが、やはり家庭の味は格別だ。

8月末から9月になると足早に秋がやってくる。森の落葉樹はその葉を紅く変えるものは意外と少なく、ほとんどが黄色に染まることから、ロシアでは「黄金の秋」と呼んでいる。この季節になると人々は森へ森へと出かけて行く。目指すのはきのこ、ロシア語でグリブィである。日本でもきのこ狩りを楽しむ人は少なくないが、ロシアのきのこ狩りはその比ではない。日本では春の山菜取りがブームだが、それにも比べられないほどの賑わい振りである。ダーチャの季節ほどではないが、それでも土曜、日曜ともなれば、まちと郊外とを結ぶバスや電車は超満員。リュックサックやバケツを手にした老若男女の人いきれで車内はむんむんだ。道路も車であふれ返る。斯く言う私も人一倍のきのこ好き。食用きのこと毒きのこの見分けはつかないが、それでも何度もこのきのこ狩りを満喫した。1世紀近くもの間、社会主義経済体制のもとで土地の私有観念がなかったせいか、それともとてつもない土地の広さゆえか、「この森できのこ採るべからず!」の立て札を見かけたことはない。

数え切れないほどの種類のあるきのこの中でロシア人が最も好むのは「ベールイェグリブィ」、日本語に直訳すれば「白きのこ」だ。ところでこのきのこについてどうにも解せないことがある。マツタケだ。朝鮮半島から中国東北地区ではマツタケが成育し、もちろん日本にも輸入されている。なのになぜか陸続きのロシア極東にはない。アムール川を越えるともうマツタケは育たないのだろうか。

さて、採ったきのこだが、その場で焚き火に炙って食せば美味そのものだし、玉ねぎのスライスと香草を入れて塩漬けにすれば長期にわたって保存が利き、これ以上のヴォトカのつまみはない。さらに、その香りと舌触りを楽しもうとすれば乾燥させるに及くはない。特に干した「ベールイェ グリブィ」は天下一品である。これをスープに仕立てれば、その香りと味を言い表す言葉を私は知らない。

きのこが十分に乾燥しきってくる頃になると、そろそろ厳寒の季節がやってくる。ロシア語のモロースの世界だ。最近は地球温暖化の影響で寒さもその厳しさを減じてきたようだが、それでも日本の寒さに比べればまだまだ本物の寒さだ。そんなモロースの中でもロシアの人々は営みを続ける。