日本の対中経済援助停止は中日関係に影響しない

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2004年11月28日、ASEAN首脳会議に先立ち、小泉純一郎首相はラオスの首都ビエンチャンで随行記者に対し、対中ODAが「卒業の時期を迎えたのではないか」と述べた。日本政府はその後、ODAの内、無償資金援助を数年以内に打ち切る方針を固めたことを明らかにした。

もう一つ、日本のODAの大きな額を占めるものとして、日本政府が国際協力銀行を通じて実施する有償資金援助(円借款)がある。円借款は元金を返済し、また、利息を支払う。この借款は利息が低く、償還の時間も長い。国際標準によってODA利息は一般的に1.4%となっており、償還期間も10年以上である。

中国駐在の日本大使館から提供された資料によると、1979年以来25年間で、日本は既に中国に総額およそ3兆3,000億円のODAを提供した。2000年の日本の対中円借款は2,144億円(19.5億ドル)に上り、最高額に達した。しかし2001年からは毎年およそ20%ずつ縮小され、2003年には967億円、最高時の45%にまで減じた。

日本対中国の政府開発援助
(億円)
年度 有償資金援助 無償資金援助 技術援助 合計
1980 660.00 6.80 5.64 672.44
1981 1000.00 23.70 10.17 1033.87
1982 650.00 65.80 19.78 735.58
1983 690.00 78.31 30.45 798.76
1984 715.00 54.93 26.77 796.70
1985 751.00 58.96 39.48 849.44
1986 806.00 69.68 48.10 923.78
1987 850.00 70.29 61.92 982.21
1988 1615.21 79.58 61.49 1756.28
1989 971.79 56.98 40.51 1069.28
1990 1225.24 66.06 70.49 1361.79
1991 1296.07 66.52 68.55 1431.14
1992 1373.28 82.37 75.27 1530.92
1993 1387.43 98.23 76.51 1562.17
1994 1403.42 77.99 79.57 1560.98
1995 1414.29 4.81 73.74 1492.84
1996 1705.11 20.67 98.90 1824.68
1997 2029.06 68.86 103.82 2201.74
1998 2065.83 76.05 98.30 2240.18
1999 1926.37 59.10 73.30 2058.77
2000 2143.99 47.80 81.96 2273.75
2001 1613.66 63.33 77.77 1754.76
2002 1212.14 67.87 1280.01

日本のODAの主な資金は日本国民からの税金を助けによるもので、援助の範囲は中国の鉄道、道路、港湾、空港等のインフラ建設及び農村開発、環境保 全、医療保健レベルの向上等広い範囲を含んでいる。援助の項目は、中国のすべての省、市、自治区を網羅している。中国の、特に改革開放初期における大量のインフラの多くは、日本から援助を受けて建設したものである。北京国際空港、上海浦東国際空港,北京の地下鉄、中日友好病院等の建設資金は、いずれも円借款の助けを得たものであった。

このように日本の対中ODAは中国のインフラ建設の強化、中国経済発展の促進に対して一定の積極的な役割を果たし、中国政府及び中国人民は日本の対中援助に対して感謝の気持ちを心の中に刻んでいる。

日本の対中経済援助廃止論は、中日国民の間の感情が悪化しているところに原因がないとは言えない。国民相互の理解は確かに進展していないかもしれない。しかしこの問題は、中国経済の発展と自己建設能力の向上につれ、経済援助が歴史の舞台から退出するのが早いか遅いかだけのことであり、必ずやって来る経済援助の停止に対して中国国民は平常心を持たなければならない。中国の経済発展は力強いものであり、我々は自らの知恵と決心と信念によって経済が発展していく様を見なければならない。

中国の経済発展は大きな成果を収めており、日本ではこれ以上ODAを提供する必要があるのかという意見がある。自然の通りにさせていこうと私は思っている。