冬から夏へ ~日露ビジネスにも新しい季節が到来

|ロシア

寒かったモスクワにもようやく春が来て、街路樹が緑に芽生えてきたと思っていたら、今やもう真夏の様相で、ここ連日、日中は摂氏30度近くまで気温が上がっている。しかも内陸なのにけっこう蒸し暑い。背広を着て外を歩くと汗びっしょりになる。道を行く市井の人々はすっかり薄着になった。

昨年10月1日付の当コラムでご紹介した日本からロシアへの輸出のトレンドを追ったグラフの更新版がこれである。

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このグラフが示す金額そのものは、2国間の通関ベースなので、たとえば中国や英国など第三国で日本企業の子会社が生産した製品がロシア市場に輸出された分などは含まれていない。たとえばある日系大手家電メーカーの方は、同社がロシアに供給する商品全体のうち、日本発のものは30%に過ぎないと言っていた。しかし、このグラフが示す長期トレンドは、2000年に入って以降の日露貿易が、シベリア開発大型プロジェクトが次々に実現した70年代と同等か、あるいはそれ以上の拡大の段階に入ったことを物語っている。

ジェトロの「ドル建て貿易概況」データベースによると、2004年の日本からロシアへの輸出は31億1,061万ドル。2003年の87.2%増に続き、76.3%という大幅な伸びを記録した。2004年の日本の対世界輸出の中でロシアはちょうど25位(2003年は31位)。因みに同年の24位はヴェトナム(31億7,800万ドル)、26位はインド(30億4,000万ドル)である。

ところが伸び率を見ると、やはり好調だったと言えるヴェトナム(21.6%増の12位)、インド(27.4%増の7位)への輸出を遥かに上回る76.3%は上位26カ国ではダントツの第1位。日本にとっての輸出先として、ロシアは決してあなどれない国として浮上してきた訳である。

去る4月26日には、トヨタがサンクトペテルブルクでカムリをノックダウン生産する工場を立ち上げることを正式に表明した。それと相前後して、モスクワ、さらにはサンクトペテルブルクに新たに事務所を開設する日本企業が目立って増えている。モスクワ日本商工会のメンバー企業数は、来たる6月の定例会で承認されれば、いよいよ100社になるが、さらに増える傾向にある。わずか2年前には65社であった。トヨタ進出を見て、日本の自動車部品業界もにわかにロシアへの関心を高めていると聞く。

モスクワでは寒い冬から一足飛びに夏日が到来したように、日露間のビジネス関係も80年代、90年代のアップダウンと低迷期をようやく抜け出し、質的に異なる段階に入ったと言えるのではなかろうか。70年代はシベリア大型開発プロジェクトが拡張を牽引したが、今回はまず消費財の対露輸出の伸張、次いで徐々に生産財の伸張が続く形である。

もちろんこれは、日露ビジネスが満遍なく一本調子で拡大を続けていく、と言うことではない。好景気のはずのロシア市場なのに、実際にはなかなか参入できない日本企業もあれば、長らく好調にビジネスを続けて来たのに急に足元をすくわれて危機に直面してしまった日本企業もある。ビジネスの拡大基調は認めながらも、リスクへの懸念から次のステップに踏み出せない日本企業も少なくない。そして、そのような状況にあるのは別に日本企業に限らない。

今日はたまたま、モスクワで欧州ビジネス協会の主催により欧州復興開発銀行(EBRD)と国際金融公社(IFC)の共同プレゼンテーションがあったので顔を出してみた。両金融機関とも現在、ロシアへの出資・融資を積極的に増やそうとしており、その対象となるプロジェクトの発掘に熱心である。

しかし、質疑応答の場で聴衆の一人であるある西欧人からこんなコメントが出た。「ロシアでは投資をしたくても他国に比べて法制度はまだまだ整備が遅れ、しかもその運用となると予測が極めて困難だ。だからこそ中東欧やアジア諸国に比べ、ロシアへの外国投資は未だに低レベルに留まっている。実態はそのような状況なのに、どうして貴機関はロシアをあたかもバラ色の市場のように語り、外国企業に投資を呼びかけるのか。」

これに対してEBRD、IFCの代表者たちは、その質問者の認識をまったく正しいとしながらも、(1)最近ではビジネス上の係争があっても、ロシアの裁判所が外国企業側に有利な判決を出すケースが見られるようになってきた。法律面でのビジネス環境は改善の途上にある、(2)そのような裁判は地方ベースで行われることになるが、地方によって開明的な裁判が行われるところと相対的にそうでないところの差がかなり出て来ている、(3)外国企業がロシアでビジネスを行う際には、いわゆるデュー・デリジェンス(不動産や債権の価値に影響を及ぼす法的、物理的、経済的事実関係を調査すること)を予め徹底的に行っておいたうえで、どこまでリスクをとるか判断していくことが必要で、そのプロセスを決して疎かにしてはいけない、(4)うまいビジネス話がそこここに黙って転がっているという状況はない。プロジェクト案があっても、その実現可能性、収益性をできるだけ高めるために言わば手塩を掛けてのブラッシュアップ作業をしていくことが必要、(5)特にそのビジネスの実施プロセスをサポートする人材がそれを展開する地元において十分に確保できる見通しが立つかどうかがは重要なポイントになる――等々のことを述べていた。

両機関が言いたいことは、ロシアでは全体のビジネス環境はまだまだ劣悪なところがあるとしても、トータルではそれが改善される方向にあるという前提に立ち、ひとつひとつ工夫を重ねることによって少しずつでもビジネスを前進させることはできる、ということなのだと思われる。

当たり前のことかも知れないが、日露ビジネス関係も、リスク懸念で尻込みするベクトルと、成功志向で少しずつできる工夫を重ねていくベクトルとが常に交錯して、徐々に深化していくのであろう。