原油パイプライン「太平洋ルート」の考察

|ロシア

フラトコフ首相は昨年12月31日、東シベリアからの石油パイプラインに関し、日本向けとなる「太平洋ルート」の建設計画に署名し、同ルートの建設が正式に決まった。パイプラインは東シベリアのタイシェットを起点とし、沿海州のペレボズナヤに至る約4,400キロメーター、最大年間輸送量は8,000万トン。建設主体は国営パイプライン建設会社「トランスネフチ」である。建設は二段階に分けられ、トランスネフチは第一段階、つまりルートの中間に位置するスコボロジノまで建設した時点で貨車輸送に積み替え対日輸出を開始する計画で2008年を目処としている。第二段階で積み出し港までパイプを通す。

大慶ルートか或いは太平洋ルートかと争われた、いわくつきのこのパイプラインだが、先ずは太平洋ルートに落ち着き、しかも3年後に日本は原油を手にすることができるとあって、我が国にとって喜ばしいことである。ところで、このように素晴らしく絵に描いたように行くであろうか検証してみたい。

このルート決定には2つの含みがある。そのひとつはルートの起点を見て分かるように輸送すべき原油を東シベリア油田に求めているのだ。クラスノヤルスク州からイルクーツク州にかけて小油田が点在しているが、ほとんどが商業埋蔵量未確認のままだ。幾つかは確認探鉱を終えたものもあり、そのひとつにコビクタ油田がある。1996年夏、小職は縁あってヘリコプターで運ばれてこの油田の探鉱井を視察した。森影に丸太で組んだ櫓がひっそりと佇んでいた。「良くぞ神は油を恵みたもうた、この辺境の地に」としみじみ思ったことである。ここはバイカル湖に程近い峻険な山々が重なり合う原生林の中。果たして開発にどれだけの資金を必要とするのだろうか。輸送量年間8,000万トンを確保するためには広く山塊に散在する多くの油田に手をつけなくてはならない。これに加えてパイプライン建設に140億ドルが見込まれる。この巨大な投資額を誰が負担するのか、ロシア又は日本、或いはどのような比率で分け合うのか。採算が合わなければこのプロジェクトは成立せず絵に描いた餅に終わる。

もうひとつの問題は、このルートの支線に大慶ルートが見込まれていることだ。元々、いわゆる東シベリアパイプライン構想については大慶向けが主流として語られていた。ユーコスのホドロコフスキー社長の推進するプロジェクトで、ユーコス傘下の企業が生産している西シベリア油田の原油を、アンガルスクまで敷設済みのパイプラインに直結してラインを延長し大慶まで油送するというもの。2001年9月、当時のロシア連邦カシャノフ首相と中国朱首相との間で基本合意に達したものである。その後この合意は白紙にされた。表向きの理由としてはロシア天然資源省の「国家環境鑑定委員会」が環境問題の観点から承認しなかったと言われているが、実際はプーチン大統領によるホドロコフスキー排除を狙ったことに伴う措置であったことは今や明白である。

ところが大慶ルートのプランは全く消え去ったわけではなかった。ホドロコフスキーを脱税の容疑で逮捕したプーチン大統領は、ユーコス解体に向けて追撃する。12月19日、275億ドルを追徴課税されていたユーコスの中核をなす子会社「ユガンスクネフチガス」の競売が行われ、「バイカルファイナンス・グループ」という無名企業が落札した。時を移さずして12月23日には国営石油会社「ロスネフチ」が同グループを買収したと発表。こうしてホドロコフスキーの野望は挫かれたのだ。

摩訶不思議な茶番劇はこれで幕が下りたわけではない。フリステンコ産業エネルギー相は12月30日、「ロスネフチ」が先に買収した「ユガンスクネフチガス」に関し、同社を単独の国営企業とした上で、株式の20%を中国石油天然ガス集団公司(CNPC)に売却する方針を明らかにした。再びホドロコフスキーの油が大慶に戻ってくるのだ。CNPCは大株主となって経営に参加する以上、西シベリア産原油を自国に供給するよう主張するのは間違いない。初期のパイプライン建設計画によると、アンガルスクを起点としてロシア側が受け持つ距離は1,300キロメートル、一方中国部分は760キロメートル、総工費合わせて25.5億ドル。原油輸送能力は年間最大3000万トンであった。太平洋ルートに比べると格段に安く仕上がる。投資額が少なければ採算が良くなるのは自然の理で実現性が高い。

プロジェクトコストから見る経済性の観点から考察すると、太平洋ルートよりも大慶ルートの方に軍配が上がる。但し、商業的戦略から言うと疑問ありだ。中国独特の商法で買値を極端に値切られた時、それではと言って他に原油を持っていくところがない。建設費を放棄するか、泣く泣く安値に甘んじるかである。その点、太平洋ルートは市場状況によりどこにでも捌く事ができる。

更に石油パイプライン建設は国家間の本質に迫る重要な要素を持ち合わせていることに言及しなくてはならない。簡単に言えば、露日関係と露中関係のそれである。ロシアが国際関係の中で自国の安全保障の為に築く戦略ファクターと言ってよい。プーチン大統領にとって戦略上必要と思えば、カシャノフ首相が朱首相と交わした約束事を白紙にしたように、フラトコフ首相の「太平洋ルート」決裁書を反故にするくらいのことは何でもないことだ。冷戦に敗れたロシアは、今や石油とガスを以って安全保障戦略の為の最大の武器とする。ここに於いては、時として経済性に眼を瞑ることもあり、また前言を翻すこともある。

対日関係を重視すれば、採算を度外視して東シベリア油田開発へ巨額の投資に踏み切ることも理屈としてはありうる。しかしながらロシアの立場からして露中国境問題を片付け、ロシア最新式の戦闘機の最大の顧客となった中国と対比し、米国と同盟関係にあり、四島問題では五里霧中にある日本を見つめる限り、楽観的気分にはなれないかもしれない。

先に支線は完成したが、幹線は何時・・、という構図を予見するのは余りにも悲観的か。

「太平洋ルート」の実現に向けてはまだまだ紆余曲折がありそうだ。日本の対ロシア外交にも掛かっている。