ウランバ-トルの空の話

|モンゴル

80年代の初めモンゴルのウランバ-トルに勤務していたとき、市内の小環状線の近くにある41号館に家族とともに居住していた。モンゴル外務省の保有するビルで外交官や国際機関に勤務する職員に提供されていた。ここにUNDPの職員としてエジプト人の一家が4~5歳の男の子をかかえて居住していた。前任地はトルコのアンカラだそうで、当時ひどいスモッグの都であったそうだ。ある日書店で『A Land of Blue Sky』なる書籍を発見し、子供のために、よしここだ、ということでウランバ-トル勤務を希望して転勤してきたそうである。ところが特に冬季、当時ウランバ-トルの住宅の半分を占めていたゲル部落の民生ストーブから出るオター(煙)で大気汚染がひどく、まったくアンカラと事情が変わらないと嘆いて、あの本は許せないと息巻いていた。

現在も事情はあまり変わっておらず、市民が一番難儀している話である。現地居住者や居住経験者が熱意をもって事情を説明しても、なぜか援助国や援助機関の上べの同情を得はしても、実際の手段をとるまでに至らず、対策は立ち消えになってしまう不思議な環境分野である。政府や市当局が若干の対策をたてても次々地方から流れ込む住民の前にお手上げという状況である。風のない寒い冬の日、ガンダン寺レベルの丘の中腹、第3ホローロル、第4ホローロル、東の軍事歴史博物館先などはスモッグがよどんでまさに往時の霧のロンドン、街頭の灯がにじみ、視界は3メートル先ぐらいまでである。

近頃はトーラ側の南側、空港のある地域にも住宅やゲル住宅が急増したので、冬季は地上低くオターがたなびき、上空から見ると雲海のように見えるが、実は地上数メートルというところにスモッグの層が発生しているのである。そこで中国航空は飛来しても場合によると北京に引き返してしまい、大韓航空は冬季の運行を止めてしまった。モンゴル航空は冬季には夜間、住民が寝静まりオターを排出しない時間帯に着陸するようにダイヤをくんでいる。わが国の経済協力により、空港滑走路西わきの小山モリンオール上に気象観測レーダーが設置され、航空離着陸にも利用可能とはなっているが、これとても冬季の有視界着陸時に依拠するには若干危険なのであろう。現在の飛行場は南側に山があり、260メートル上空で着陸を決意しなければならない。このような不利な空港条件もまたオターにプラスして冬季の航空ダイヤに影響しているように思われる。もし、新空港候補地のフシギン・フンディーであれば60メートル上空まで降りても再上昇が可能である。早く新空港建設の目処がたつとよいと願うのは私ばかりではないだろう。

でも、その他の季節には抜けるような青空で、飽きるほどである。これがやはり援助国を大気汚染対策に本気にさせない一つの原因になっているのではとつくづく思う。