連方ユと張藝謀(チャン・イーモウ)に「旅行賞」を与えることについての提案

|中国

台湾の人はみんな連方ユ女史を知っている。彼女は元台湾国民党・連戦主席の夫人だからだ。去年の4月、連戦主席が訪問団を率いて中国内陸に平和の旅を試みたことにより、内陸の人々は、この資質において非凡な女性を知ることとなった。

連戦主席の内陸の旅が終了してまもなく、連方ユ女史の大型紀行作品「半世紀の巡り会い:両岸の平和の旅」が出版された。彼女もご主人も著名な人物のため、今回の特別な内陸行は注目を浴びた。政治関係者として、連方ユ女史の著述が政治から離れることは難しいかもしれないが、この本の特色は政治の外にある。彼女は同伴者として政治家たちの活動と言行を描写し、また傍観者としてその当時とその後の感想を著した。更に面白いのは、彼女は旅行者として、時間は短いものの活動に富んだ旅の中で見聞した山河風景、歴史遺産、風土人情から、美味いもの、名産品、舞台芸術などまで描写し、微に入り細を穿ち、あたかも入念に編集された観光旅行案内となっている。多くの台湾、海外、内陸の人々が、この本を通じて生き生きとした旅行情緒を理解することとなったと言えるだろう。

彼女は有名人であり、マス・メディアによる影響力も大きい。さらに、この旅が半世紀余りを隔てた初めての(台湾と中国内陸との)接触であり、自らこの重大な意味のある訪問を見聞し検証できたことも、彼女にとってはよい条件に恵まれた。その後まもなく、内陸で多くの旅行社が連戦主席の内陸の旅コースを企画した。当然、台湾の多くの旅行社でも同じ考えを持っている。人々が永遠にこの歴史を記憶し、自らこの風情を体験することを希望しているからである。方ユ女史の「観光旅行案内」は、費用をかけて旅行のPRをするよりはるかに価値が大きいに違いない。

中国で張藝謀を知らない人は少ない。世界でも多くの人が彼を知っている。彼の監督した映画の中には、落後や苦難、愚昧や重苦しさの溢れるテーマが多いが、これらの映画こそが一人また一人と映画スターを生み出した。

日本では高倉健を誰もが知っている。その映画「君よ憤怒の河を渉れ」によって、高倉健は中国で名声を博することとなった。彼は、常に寡黙なつわものの役を演じ、背中で演技する役者と呼ばれている。ほかのスターと違って、彼は無数の女性の心の中の偶像であるだけではなく、無数の男性にも慕われる。

昨年、張藝謀が高倉健を招き、「単騎、千里を走る」という映画を製作した。物語の人物は中日両国に及び、中国の古い街である麗江を背景としている。ストーリーを繋ぐプロットはあまりよく知られていない儺(おにやらい)劇(宗教と娯楽が一体となった仮面劇)である。さすが張藝謀だけに、高倉健に千里を走らせ、雲南旅行のボランティアガイドを務めさせている。雲南の名山大河を遍歴し、うららかな日和、明るい月の下の様々な風景をなめ尽くさせた。また同時に、雲南の風景の何であるかを示し、有名な古い街である麗江や無名の深山幽谷の古い砦を紹介した。彼はまた、当地の役人と接触し、監獄に取材に行き、儺劇の上演の観賞もしている。

これは張藝謀と高倉健の初めての協力であり、唯一の協力となるかもしれない。この映画は中国の人は必ず見に行く。日本の人も、世界各地の張藝謀と高倉健のファンも見に行くだろう。映画だけを見て、劇中のシーンや風景を見逃すべきではない。多くの人の印象に残るだろう麗江の古い街の神秘的な情景、石頭鎮における果てしれない宴席、儺劇の中の関羽の隈取…この映画により、雲南に多くの観光客と商機をもたらすことは間違いなく、観光PRの価値も計り知れない。

話を戻すと、観光PRは連方ユと張藝謀の本意ではないかもしれない。少なくとも本人たちはそうは言っていないが、彼らの作品は確実にこのような効果をもたらした。世間のことはしばしばこのように複雑であり、物事の関係はこのように微妙だ。わざわざ花を植えても庭いっぱいの春景色になるとは限らないが、何気なく柳の枝を土に挿すと柳の並木道になる可能性もある。旅行とは何か?深く考えるとはっきり説明できないかもしれないが、人々が旅行を通じて接触し、交流することは、相互理解と社会の進歩を促進できる。文学作品も芸能作品も常に、家から出て、国から出て、外に目を向け、自分の知っている世界、知らない世界を体験することを促してくれる。

この意味において、政府の旅行管理部門が賞を設け、意図したわけでもなく各国の旅行業の発展に貢献した連方ユ、張藝謀のような人々に授与することを提案したい。
[翻訳:ERINA]