日本と韓国の国際問題に対する理解の違い

|朝鮮半島

日本と韓国の国際問題に対する理解の大きな違いは何かというと、私はグローバルとリージョナルの違いであると答えることが多い。これは、もともと他の方のアイデアであるが、私はこれほど的確に捉えたものはないと思って借用させて頂いている。この違いをよく感じるのは、中国に対する日韓の理解の差である。

日本では中国をグローバルな存在として扱うことが多い。中国が一衣帯水の隣国だから重要であるというのは、もう遠い過去の話である。別に隣国でなくても、巨大な経済力をつけ、世界各地に影響を及ぼす中国は、世界レベルで考えても日本にとって重要である。日中の政府関係者は、お互いにグローバルな存在として扱っていることをよく感じる。日中関係というのは、もはや北東アジアのレベルで論じる域を超えてしまっているのである。

ところが、韓国ではどうか。日本も中国も北東アジアの国家という認識であると思われる。韓国で、日本や中国の話となると、たいてい「北東アジア…」という単語がついて回る。韓国では、中国を北東アジアのリージョナルな存在として捉えがちなのである。中韓関係も所詮北東アジアの文脈で語られることが多い。韓国人の世界観は、北東アジアからなかなか抜けきれないと感じることが多々ある。

もちろん全ての日本人や韓国人がこれに当てはまるわけではないが、この辺りの違いをよく感じることがある。ただ、この違いがどこから来るのかは私にもよく分からない。色々と自分なりに考えてみたが、はっきりとした答えは出ない。思いつきでいえば、世界レベルでは役割を果たせないと韓国が自らを定義づけているために、思考が北東アジアで止まっているのではないか、ということである。韓国政府が一時期主張していた北東アジアのバランサー論などは、一つの例と思われる。2005年3月22日に盧武鉉大統領は「朝鮮半島だけでなく、北東アジアの平和と繁栄のため、バランサーの役割を果たしていく」と演説した。考えるレベルが朝鮮半島から脱却しても、世界まで届かず、北東アジアで止まっていることが分かる。しかし、日本、中国、米国、ロシアのように世界各地に影響を与える国々を北東アジアだけでバランスをとっても意味があるとは思えない。

また、韓国の存在を少しでも大きく考えたいために、地域を限定して各国を捉えようとしているとも考えられる。北東アジアに限定してしまえば、それだけ韓国にも存在感が出てくる。また、韓国が自らをリージョナルな存在として捉えるために、周辺諸国もリージョナルなものとしか捉えられないのではないかとも考えられる。人は自分を基準にして、相手を見ることが多いのである。自分がリージョナルな存在と思っていれば、周りもすべてリージョナルな存在にしか見えないことは十分に考えられる。

以上のことは全て憶測であって、明確な答えは自分でも分からない。しかし、韓国人は今こそグローバルな視点を身につけるべきではないかと思う。2007年1月、8代目国連事務総長に韓国出身である潘基文が就任した。韓国社会が彼に何を期待するかによって、韓国人の世界を見るレベルが試される。韓国や北東アジアにおける事務総長の役割にのみ期待するようであれば、それは結局リージョナルな視点の延長線上である。そうではなく、事務総長が世界全般での役割を果たし、韓国もそれに貢献できることを期待すべきではないだろうか。それがグローバルな視点であろう。国連が韓国のために何ができるかを問うより、韓国が国連のために何を行うことができるか問うてほしい。