イラン・イラク戦争における北朝鮮のイラン派兵

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現在、核開発によって国際社会で問題とされているのが、北朝鮮とイランであることはよく知られている。しかし、この両国の関係については、憶測までも飛び交い、よく分かっていない。北朝鮮が核技術をイランに渡すという声もあるが、実際の所、核技術において北朝鮮とイランがどれほど協力しているのかは、よく分からないのである。

ただ、北朝鮮とイランの間で、過去に軍事的な関係が強い時期があったことは、おそらく間違いないであろう。それは、1980年から1989年まで続いたイラン・イラク戦争の時期である。北朝鮮は、それまでも数多くの国に軍隊を送ってきたが、イラン・イラク戦争においてもイランを支援するために派兵したと考えられている。北朝鮮やイランから資料が出ていないので詳しいことは分からないが、北朝鮮によるイラン派兵は戦争当時から韓国などで報道されてきた。当時では、両国の代表団の往来も非常に活発であったことからも、十分にあり得る話である。

北朝鮮は、イラク側にも派兵したのではないかと疑問を感じる向きもあるかも知れない。実際、そう質問する人はいる。しかし、それは考えにくい。あまり知られていないようであるが、実は、イラン・イラク戦争が勃発した1980年に北朝鮮とイラクは断交した。現在でも国交はない。これはイラン・イラク戦争で、北朝鮮がイランに味方したことが関係しているのであろう。

現在の所、派兵については、韓国の著名なジャーナリストである趙甲済氏によって『月刊朝鮮』2006年11月号に掲載された記事が最も具体的である。それは、北朝鮮からの亡命者からインタビューした内容である。その亡命者は、1986年にイランに行って、約6ヶ月間、ミサイル基地工事に参加した科学者であったという。それによると、派兵されたのは、軍事顧問団であり、陸軍と海軍の将校によって構成され、空軍将校や一般兵士はいなかった。規模としては、数千名であったという。軍事顧問団といっても、派兵された将校は、中隊長や大隊長として戦闘にも参加したそうである。イラクの毒ガス攻撃によって死亡した北朝鮮軍将校もいた。イランに派兵された北朝鮮軍人の死者は、数百名に至るという。

この亡命者の語った内容からは、なぜ北朝鮮がイランに派兵したのかについても示唆するものがある。それは、兵器売却と密接な関係がある。イランには、正規軍とは別に、イスラム革命防衛隊が存在する。これは、1979年のイラン革命の直後に創設されたものである。戦争が勃発すると、彼らを武装させる必要が高まったのであるが、イランに兵器を売却する国家は少なかった。売却してくれた国家の一つが北朝鮮である。しかも、北朝鮮の兵器は扱いやすく安価であったため、イランは大量に購入したという。亡命者によると、兵器を売却すると、イスラム革命防衛隊員にその扱い方などを訓練しなくてはならず、自然に戦闘に参加するようになったという。つまり、兵士訓練のために派兵された北朝鮮将校が、戦闘に加わるようになったと考えられるのである。

北朝鮮は、イランに様々な兵器を売却したという。その中には、弾道ミサイルも含まれていた。この亡命者は、イランでミサイル基地工事に従事したと語っている。また、北朝鮮は、イランにミサイルを輸出しただけでなく、ミサイル製造工場も建設したという。もちろん、これらの内容が全て正しいという保証はない。しかし、一旦、これらが正しいとすれば、北朝鮮によるイラン派兵は、同盟国に対する支援というものではなく、兵器売却を中心とした軍事ビジネスの延長線上にあるものと考えられるのである。

この亡命者は、『月刊朝鮮』の記事で、北朝鮮とイランが血盟関係であると主張していたが、どうだろうか。当時の派兵の状況から見ても、同盟関係というようなものではなく、北朝鮮にとってイランは軍事ビジネスの顧客に過ぎないと考えられるのである。しかも、現在、北朝鮮とイラン間における代表団の往来は、当時に比べれば格段に少ない。まして、当時のような軍事ビジネスの関係が、現在の北朝鮮とイランの間でも続いているかは分からないのである。現在の北朝鮮とイランの関係は、考えられているよりも、弱い繋がりなのではないだろうか。