四度目の転機を迎えつつある中国経済とビジネスチャンス

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今や中国抜きに世界経済を語れない。中国がここまで大きな影響力を持つに至る四半世紀余りには、三つの大きな転機があったと考える。

第一の、そして最大の転機が、鄧小平による「改革開放」の発動(78年末)である事には異論がないだろう。時は「文革」が終了してわずか2年あまり。旧ソ連型の計画経済から脱却し、市場経済と外資・技術の導入をテコに経済発展を目指す路線への大転換は、鄧小平の信念と政治的リーダーシップがもたらした偉業だ。だが、当初は経済特区など一部のエリアが香港などからの投資により急発展したものの、一般の都市はまだ計画経済時代の名残をひきずっていた。筆者は「改革開放」初期の85年に北京にしばらく滞在したが、外食にも「糧票」という配給切符が必要、レストランも国営ばかりで夜の8時ともなるとすべて閉店して街は真っ暗だった。わずか20年程前のことである。

第二の転機は、92年の同じく鄧小平による「南巡講話」と考える。89年の天安門事件をきっかけに外資導入は落ち込み、政治的には「保守派」が巻き返し、軌道に乗りかけた「改革開放」が頓挫しかけていた。私たち中国ビジネス関係者も仕事がなくなり意気消沈していたものだ。この間、おそらく激烈な政治闘争があったのだろうが、鄧小平は老骨にむち打ち、最後の政治的力量を振り絞って再び「改革開放」路線を軌道に乗せるのに成功した。

第三の転機は01年末のWTO加盟であろう。中国は強い決意をもってグローバル経済の一員として発展する道を選択した。多年にわたる厳しい加盟交渉を経て、さらなる開放の促進を約束することにより、念願のWTO加入を果たした。それから5年になろうとするが、中国は、多少の問題はあるにせよ、ほぼスケジュール通りに約束を実現しつつある。この間の中国経済の急速な発展とグローバル化は敢えて説明するまでもない。

そして、今、中国は四度目の転機を迎えつつあるのではないかと考えている。中国は、過去四半世紀にわたり、総じて「経済発展至上」路線をひた走ってきたと言えよう。しかし、所得格差の拡大や環境破壊、拝金主義・腐敗の蔓延等々、弊害が看過できない状況となってきた。胡錦涛政権は「和諧社会」「科学的発展観」といったスローガンを掲げ、持続可能なバランスのとれた経済発展モデルへの転換を図っている。そして、その正否が来秋に二期目を迎える胡錦涛政権の歴史的評価を決定づけることになるだろう。

日本にとっても隣国の中国が安定的に発展することが、政治的にも経済的にも極めて重要な要素であることは論を待たない。日本も高度経済成長の弊害を克服してきた経験をもつ。現行の対中ODAは08年度で終了するが、政治・外交面でも経済面でも日本が中国に協力できることは、まだまだたくさんある。幸い、ネックとなっていた外交関係は急速に好転している。我々民間企業も、過去三度と同様に、四度目の転機をチャンスと捉え、日本が強みをもつ省エネ・省資源、環境保護、流通、サービス業、コンテンツ等々でのビジネス促進に注力していくべきであろう。そして、これは必然的に「互恵関係」の拡大にも貢献することになる。中国ビジネス関係者として、こういった局面で仕事ができることに喜びを感じている。