ロシア地域経済の展望

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ロシアにおける地域経済発展水準の格差は拡大の一途を辿っている。元来、旧ソ連においては地域間の経済格差は政策的に抑えられるような施策が採られていた。旧ソ連の人口は、対全国面積比で4分の1に過ぎない欧州地域にその4分の3が集中し、インフラストラクチャーの整備もそれら欧州部が他地域に比べてはるかに進んでいた。とはいえ旧ソ連では辺境地域を開発すべく、例えば北極に近い地域には大都市の2倍以上の高い賃金を設定するなどといった開発誘因が与えられていたのである。だが旧社会主義政権の崩壊後、そうした政策は有名無実化した。辺境地域は給料の遅配・インフラの欠如といった条件によって沈滞し、一方モスクワなどの集積地にヒトとモノと富とが集中していったのである。

首都モスクワやその周囲に経済活動が集まってくることは市場経済化の当初から予想されていた。大きな人口を抱えていたモスクワを中心とする大都市部は、その高所得によってさらに国内の地域格差を拡大させた。つまり「ヒトの分布」以上に「市場の分布」は偏りを見せる。モスクワ市の人口は全国人口の7%程度に過ぎないが、同時にモスクワにおける小売市場の大きさは全国規模の25%近くを占めている。これは日本でも全国人口の10%を有するに過ぎない東京都の小売販売額が全国のそれの30%を上回っているのと同様であり、ロシアにおいても行政機能・企業の中枢管理機能・整備されたインフラといった好条件の整っている首都モスクワ周辺部に一層の経済集積が進んでいるというわけである。

首都圏以外にも、ロシアの天然ガスの8割以上を産出するヤマロ・ネネツ自治管区や同じく石油の5割以上を生産しているハンティ・マンシ自治管区など、石油・天然ガスそして稀少非鉄金属等を産出する地域は、そうした資源の国際価格上昇と軌を一にして力強い成長を見せていることが知られる。

他方そうしたモスクワ周辺部や天然資源産出地の隆盛とは裏腹に、シベリア・極東のうち資源を産出しない地域の沈滞は深刻な様相を呈し、旧ソ連邦崩壊後に大量の人口流出が生じた。中には1992年より続く死亡率が出生率を上回っている状態と相まって、人口が旧ソ連邦崩壊時の2分の1以下に縮小した地域もある。こうした地域においては経済の停滞はもとより、社会生活可能性そのものが危機に瀕していると言える。

旧ソ連にとって、対峙していた米国は北極圏を挟んだ隣国であり、極東・極北地域において優遇措置をもってしてでも開発を行い軍事的拠点を設けることには軍事的・政治的な合理性があったと考えられる。だが経済自由化後はこうした状況が一変した。政府からの補助金が大幅に削減され、消費財の優先的供給といった開発誘因もカットされた。生産面についても、鉄道料金の上昇により、それまで欧州部へ供給していた極東の生産物に対する需要が無くなった。こうした地域から大量の人口流出が生じたこと自体は旧ソ連時代の開発政策がついえたことの当然の結果と言える。

旧ソ連の開発政策に、その当時としては目的合理性が存在していたとしても、それが今日においても理を有しているか否かは別の話である。筆者が『ERINAオピニオン』2006年9月記事で示したように、極東・シベリアの寒冷地域に立地する大規模な人口はロシア経済発展の足枷と見なし得るものですらある。国民経済全体の効率性を向上させるためには大きな方向転換を図る必要があるとも考えられ、世界銀行主導で北部地域からの人口流出を促すべく実施されている「北部リストラクチャリングプログラム」等はそれを明示的に意図している。限られた人的・物的資源は既存の集積地に集中させ、シベリア・極東は Fiona Hill とClifford Gaddyが主張したように縮小shrinkさせることこそが、今後のロシア全体にとってより望ましい帰結を与える可能性があろう。