心の余裕

|ロシア

二つの国の民族同士がスムーズにコミュニケーションを行うためには、さまざまな壁を取り除く必要がある。そこには文化や思考方法、メンタリティー、言語など様々な問題がある。しかし、それだけでは分かり合えないと、私は思う。その他に異文化を受け入れる心の余裕といったものも必要なのではないか。私が仕事を通して多くの人と接し、最近感じているのは、ロシア人の日本に対する見方が随分と変化してきているということだ。

昨年の冬、ある代表団が日本へ行くことになり、私が通訳として随行した。日本側のコーディネーターはロシア人に気を遣ってくれたのだろう。公式訪問や行事の間の自由時間には必ず買い物の時間を入れてくれた。ソ連時代からの固定観念なのか、日本人の間ではロシアは物不足であるというイメージがいまだに強いようである。確かに数年前なら、同じような団体がもし日本を訪れれば、間違いなく自由時間はショッピングと決まっていた。

しかし、ロシアに対するこのイメージがもう古くなってしまったということをこの代表団は認識させてくれた。日程の打ち合わせの際、ロシア側の団長が突然、もし失礼でなければ買い物よりも、日本のお寺や神社、庭園などに連れて行ってもらいたいと希望した。私がその旨を伝えると、日本側も快く了承してくださり、ロシア人達は町の名所見物を楽しむことができた。私もできるだけ日本の文化、歴史についての説明を行い、それをみんなはとても楽しそうに聞いてくれた。買い物ももちろんしたが、彼らが買ったのは主に日本の民芸品、日本酒のような土産物がほとんど。話しを聞くと、せっかく日本に来ているのだから、日本の文化に触れ、日本の雰囲気を味わってみたいという人がほとんどだった。

帰国後、代表団の一人の男性が、「日本へ行って、私なりの一番大きな発見は、日本人って宇宙に住んでいる人ではなくて、我々と同じように生活している人間だったということ。それが分かったおかげで、ソ連時代から持っていたコンプレックスはもうなくなったね。」と感想を述べてくれた。

ロシアの経済発展が進み、国民の自由な出入りが日常化した現在、長年暗い箱の中に閉じこめられ、物不足だったロシア人達のコンプレックスが無くなりつつあるように思う。そのことが、相手のことをよく理解しようという余裕を生んでいる。制度が全く異なる2つの時代を生きた経験があれば、方向性の変化を客観的に観察し、分析できる立場をとれるはずだ。ロシアと日本の交流が今までとは違う新しい段階に入っていくことを私は期待している。