次の世代を見据えて

|ロシア

私の勤務する大学の日本語学科には毎年20名前後の学生が入学してくる。日本語を選んだ動機は現代文化やアニメなどいろいろである。もちろん伝統的な文化に興味を持つ学生も多数いる。生け花や茶道にはじまり、折り紙や書道などのコースを開けばかなりの学生が集まる。武道などにも人気があり、空手、合気道、剣道などをする学生も多い。シベリアの小都市で竹刀をもって歩く学生を見ると少し不思議な気持ちになったりもする。このように興味は多岐に渡るが、学生が一様に口をそろえて言うのが、「日本語を使って仕事がしたい」である。

純粋に日本や日本語に興味を持って勉強している学生が就職を意識し始めるのは4年生の後半くらいだろうか(ロシアの大学は5年制である)。ロシアの大学システムには専門のほかに『資格』というものがある。卒業時、修了証書には自分の専門のほかに『資格』が記入される。例えば、経済学部なら「エコノミスト」、外国語学部なら「通訳」といった具合に。この『資格』が就職の時、大きな意味を持つ。

経済が急激に成長し、起業する学生も多い現在、人気があるのは経済、法律、マネージメントといった専門だ。一方、言語大学で開講されている科目は言語学関係のものがほとんどで、学生も経済大学などのコースに通い、経済・法律関係の『資格』を取るものが増えてきた。イルクーツクのような小都市では「通訳」だけで働いていくことはほぼ不可能である。「通訳」の資格があっても、日本語を使う仕事が恒常的にあるわけではない。日本人が来たとき、または日本と連絡を取るときにちょっと訳してもらおう、少なくともイルクーツクのビジネスマンはそう考えて、「通訳」の資格をもった学生を雇う

では、卒業生はどう働いているのか。中途採用は別として、卒業したばかりの学生の日本語力はそれほど信頼はされない。英語でやり取りしながらビジネスを行っている会社も多く、優秀な通訳がいなくても業務が成り立っているのが現実だ。教師としては、胸をはって優秀な学生を送り出しています、といいたいところだが、大学の日本語教師以外に日本人がほとんどいないイルクーツクでは、プラクティカルな訓練がないまま学生は社会に放り出されているのが現状で、日本語を使ってアルバイトができる場所もガイドや中古車会社などに限られている。優秀な学生はすぐに日本や大都市に行ってしまうため、通訳の技を盗めるような同僚・先輩もいない。未熟な日本語通訳に対する社内の待遇もよいとはいえない。そして、通常の業務で求められるのは、通訳でも翻訳でもなく、コンピュータやマネージメント、簿記などの知識である。実際の通訳業務でも幅広い専門知識やコンピュータの技術を求められるのは当たり前のことだ。異国間どうしでのビジネス、経済交流、文化交流などでは、橋渡しをする通訳の存在が非常に大事になってくる。互いの言葉を使えなくとも交流はできるだろうが、ある一定の成果を出し、将来的にも協力していこうと思えば、どうしても通訳の力や知識が必要とされる。ただ、学生の将来と地域のニーズを考えた場合、通訳技術だけの教育ではだめなのだろう。

ロシアで日本や日本語に関わって仕事をしているものは、次の世代を育てることも考慮に入れていく必要があると思う。純粋な気持ちで、必死で日本語を学ぶ学生が、その知識を生かして楽しく(実際は大変だが)働けるようになるために必要なものを提供する。それが、これから大学がやらなければならないことだ。

通訳という仕事の重要性をみんなに認識してほしい。それには学生自身そして、通訳養成大学や通訳を雇う側の意識改革も必要になるだろう。ただそれを行うのがどれほど難しいことかわかってはいるのだが・・・・