社会発展において積極的に寄与している朝鮮女性たち

|朝鮮半島

今日、朝鮮民主主義人民共和国では女性たちが国家と社会の主人として、貴重な人生を享受しており、社会発展に積極的に尽くしている。

封建時代には抑圧を受けていた朝鮮女性に、男性と全く同じ権利を与え、人格を尊重して、社会的に重視することに対する考えは、抗日武装闘争時期である1936年5月に発表された「祖国光復会10大綱領」で初めて明らかになった。

解放後、1946年7月30日に発表された男女権平等権法令は、朝鮮女性の社会的地位を制度的かつ法的に保証した。朝鮮女性は主権行使と国家管理など社会生活のすべての部門で、主人としての権利を堂々と行使して、社会発展に積極的に尽くすことができることとなった。

朝鮮の女性たちは、1946年11月に共和国の歴史における初めての民主主義的な選挙を通じて、法的に付与された男性と同等の選挙権と被選挙権を行使した時から今日に至るまで、人民政権事業に積極的に参加している。

2003年8月に行われた最高人民会議第11期第1次会議で選ばれた代議員686人のうち、20.1%が女性代議員である。

共和国では党、国家機関、武力機関、政権機関、社会団体と人民経済のさまざまな部門の重要な職責についている女性幹部らが多い。

強盛大国建設の現場で、創造者として誠実な汗を捧げている女性努力英雄が数えきれない程多いのが朝鮮の現実である。

羨むもののない楽園を作るという信念で、北部山間地帯で三毛作を実現させた慈江道長江郡長津邑の協同農場管理委員長であり、努力英雄であるパク・オッキ、百の言葉より一つの実践で党を支える順川被服工場支配人努力英雄であるバン・ジョンシル、実践的成果で祖国を支えるタイプの幹部である平壌市西浦鶏工場(養鶏場)支配人努力英雄であるイ・クッハなどを始めとする多くの女性たちが経済強国建設に尽くしている。

共和国において、女性は教育、保健、文学芸術などのさまざまな文化分野でも重要な役割を担っている。一生を次世代の教育事業に黙々と捧げていく教員たちもおり、党の科学技術革命方針を高く掲げて国の富強繁栄と人民生活向上のために、情報産業時代の要求に応じて、現代科学の難関を続々とクリアしている、初の母娘ダブル博士となった人民科学者・候補院士ユ・スククンと娘であるキム・ヨンジン、労力英雄・人民科学者、博士キム・チュングム、厳しかった試練の日々にも科学探求の道を止まらずに力強く歩み、貴重な研究成果を成しとげた労力英雄・博士ヒョン・ヨンラなど学位学職の所有者たちも多い。

最も厳しい時期にチュチェ朝鮮の尊厳と英雄的気性をとどろかした「世界マラソン女王」チョン・ソンオックと4大会世界柔道選手権保有者のケ・スンヒ、そして「ウェイトリフティング女王」イ・ソンヒも女性である。第13回世界青年女子サッカー選手権大会で1位を勝ち取って、全世界を瞠目させた「朝鮮サッカー神話」の主人公たちもまさに女性たちだった。最近10余年間、体育部門だけでも150人余の女性たちが国際舞台で共和国旗を高くひるがえし、労力英雄、人民体育人、功勲体育人の栄誉を持った。

先軍時代とともに朝鮮女性たちの人格は高い境地に達し、彼女たちの役割もより強くなった。先軍時代の公民としての自覚を持って、若い時期に汗のしみた軍服を着て、銃を持って祖国を守る女性軍人や、軍人の妻になって人生を輝かせようとする崇高な人生観を持った若い女性たちが日夜増えている。

そして、子供たちを立派に育てて、祖国を守るポストにつけるオム・ポクスンのような軍人家庭の母親たちも多い。労力英雄パク・チュンエをはじめとする数多くの女性たちは、家庭の幸福を守りながらも、援軍事業においても傑出している。

試練と苦難が重なっても熱い母性愛で、両親を失った子供たちを40~50人をはじめとする100人余を引き受けて、祖国の未来を美しく花を咲かせていくソ・ヘスク、イ・ヒスンのような女性たちもいる。

共和国において、女性たちは生活の花、国の花としてその名前をとどろかせ、祖国の富強繁栄への道に自身のあらゆることを捧げている。空に太陽があって、自然のあらゆる花が香りを漂わせる。党と首領の格別な愛の中で正しい生を享受している女性たちは、今後も男性たちと肩を並べて革命の片方の車輪を力強く押し進めるだろう。

[ERINA翻訳]