歴史文化名城・瀋陽~旧満鉄鉄道附属地内における建築物の保護と再開発

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今年1月6日、瀋陽市人民代表大会において提出された14件の議案のひとつに、瀋陽市和平区代表団10名の連名による「瀋陽市歴史文化名城保護活動の強化に関する議案」が提出された。代表団の一人である胡宝蘭・瀋陽市人代常委会委員によれば、「すでに確定されている7箇所の重点歴史保護街区のうち、『故宮方城地区』は『一宮両陵(故宮及び福陵、昭陵)』の法律の制定によって相応の保護が受けられるが、他の街区では保護計画がなく、既に異なった程度によって新たな建築が行われ、環境や風貌を破壊している」1

1986年に国務院より「歴史文化名城」2に指定された瀋陽市では、市街地を大別すると、清朝を打ち立てたヌルハチが都の建設を行った瀋陽城(故宮)、旧満鉄鉄道附属地、旧商埠地、北陵(昭陵:ヌルハチの陵墓)と張作霖による開発地、鉄西工業地区の5つに分けられる3。このうち、旧満鉄鉄道附属地内の幹線道路の一つであった中山路(旧名:浪速通)では、当時、西洋古典風格が日本化した結果生まれた多くの西洋ルネッサンス様式の建築物が建てられ4、現在は重点保護区内でも保存状態が比較的良い道であるという5。現在の中山路を歩いてみると、省級文物保護単位に指定されている中山広場をはじめ、中山広場から和平大街までは、当時の建物と思われる2~4階建ての建築物を比較的新しいビルを間に挟みながらいくつか見ることができる。しかし瀋陽駅から中山広場までは、「瀋陽市の移動できない文物」に指定されている秋林公司、旧奉天郵便局等以外は古いままで保護されているという印象はなく、それよりも目に飛び込んでくるのは10階建て以上の大型デパートや建設中のビルであろう。

その中山路では、今年より「ヨーロッパ風情街」建設が正式に始動する。瀋陽駅から中山広場を含めた2,490米余りの中山路を「ヨーロッパ風情区」とし、今年はそのうち600米分の第一期工事がスタートする。建築物のもともとの姿を保持することを原則として修復・改造を行い、「ヨーロッパ風」のレストラン、エンターテインメント等の投資を促進、街路には「ヨーロッパ風」の街灯、ガードレール、彫刻等を設置するという6。これに伴い、昨年7月には半壊していたヨーロッパ式建築物(1920年代に日本人が建設、商社として利用)が取り壊され7、現在はもとの姿に修復された。また、一部報道によれば、古く半壊した2階建ての建物を全て取り壊して新たに建築するとの計画もあり8、既にある高層ビルとのバランスを含め、今後どのように計画が進められていくのかは注視する必要があるだろう。

市街区における古い建築物の保護と再開発をどのようにバランスをとって行っていくかについては、多くの歴史ある都市にとって共通の問題であるだろう。中山路における「ヨーロッパ風情街」建設も、急速な経済発展を遂げる瀋陽において、そのバランスをとるための現時点での一つの方法であるだろう。戦後の数十年間においては、積極的には保護の対象とはならなかったこれらの近代建築物は、新たな産業の勃興、生活スタイルの変化等様々な理由によって新たな価値が見いだされたとも言え、この再評価は、都市の経済発展と歴史に対する認識を把握する上での一つの手がかりになるとも言える。瀋陽の近代建築物が語る歴史とその存在意義とともに、瀋陽のこれからの新たな発展方向を見守っていきたいと思う。

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現在の中山路(中山広場~和平大街)

(本稿は、執筆者個人の見解であって、日本国政府、日本国外務省または在瀋陽日本国総領事館の公式見解ではありません。)


  1.  2008年1月7日付「遼瀋晩報」(A3面)
  2.  国務院によって決定、現在までに99地域が選出されている。
  3.  西澤泰彦「図説『満州』都市物語」、(2006:増補改定版)、(p.74-75)
  4.  2007年7月2日付振興東北網(http://chinaneast.xinhuanet.com/2007-07/02/content_10455187.htm)
  5.  2007年12月15日付「瀋陽日報」(2面)
  6.  2007年12月15日付「瀋陽日報」(2面)
  7.  2007年7月23日付「遼瀋晩報」(3面)
  8.  2007年4月25日付「瀋陽日報」(2面)