改めて日本から見た中国

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1996年5月に赴任、北京、上海、そして再度の北京での駐在を終えて今春本邦に勤務となり、久しぶりに日本から中国を見る生活を送っている。先輩や同僚からは中国に永く滞在したので半分中国人になってしまったのではないか、日本の生活に馴染めないのではないかなどとからかわれる。決して中国贔屓になったつもりもないのだが、中国の立場で日本や世界を見る眼がそれなりに養われたと言えそうだ。でもこの間、日系企業の進出が本格化し、特に2000年あたりを前後して合弁事業の運営などで10年滞在は当たり前と言う日本人も多くなり、交流の層はたいへん分厚くなった。

ところで日本国内に眼を向けると、中国でも膾炙されている「経済格差」が大きな社会問題になっていることに気がついた。地域間格差、所得格差など中国とは次元が違うと言われるかも知れないが、同様の課題にそれぞれがどのように打開していくのか興味深い。

経済も外交も大国である中国の存在感は益々大きくなるばかりだが、今後隣国としての日本について、個人的には次のようなイメージを持っている。

日本はやはり「ものづくり」国家として共存して行くことになるのだろう。中国は今後も付加価値の高い生産を追求する上で外資への依存は続けるだろうし、民族のプライドとして国内ブランドの育成は進めるだろうが、購買力が強くなった消費者は優れた輸入品を評価選別するだろう。一方、日本企業は中国国内市場獲得が容易ではないことに気付き、できるだけ自社の技術とブランドの維持のためオフショアで勝負する途を選ぶ。精緻で質の良い日本の製品はきっと生き残ることができる。その意味で日本の匠は今後も大事にしていかなければならない。

1970年の大阪万博のテーマは確か「人類の進歩と調和」だった。中国はまさに「調和の取れた社会」を重要スローガンとして将来を見据えている。世代交代の里程標となる第17回党大会が終了し、新たな指導者陣容が見えてきた。深まる社会の矛盾が政治体制にどこまで影響するかは未知数だが、共産党が国民すべての利益代表にならない限り政権維持での難しさを露呈するだろう。

日本では反日歴史観、食品安全問題、軍事費増大など中国についての論調はネガティブなイメージ強いが、情報の偏りがない眼で今後も中国の動きを見守りたいと思う。