朝鮮の歴史遺跡

|朝鮮半島

五千年の悠久な歴史と文化を持っている朝鮮にはすぐれた歴史遺跡が多い。

朝鮮の歴史遺跡は、朝鮮人民のきらびやかな歴史と文化、独特な心理的特性と固有な民族的感情、優秀な民族的形式をよく表現している。

民族伝統を貴重に思い、民族性を生かすことを重要視する金正日同志が細心の注意を払うことにより、朝鮮の歴史遺跡は大切に保存・管理されている。また一度消滅した歴史遺跡を原状そのまま復旧したところも少なくない。

城跡や寺院の遺跡をはじめとする朝鮮の歴史遺跡のうち代表的なものとして、コムンモル(黒牛里)遺跡、檀君陵と江西三墓を挙げることができる。

コムンモル(黒牛里)遺跡

100万年前(旧石器時代前期)の洞窟遺跡。平壌を中心にする大同江流域が朝鮮人の発源地であり、人類文化の発祥地の一つであることを見せてくれる重要な遺跡である。

コムンモル遺跡は、平壌市祥原郡祥原邑から西方面に3キロメートル余の距離にある黒牛里の東側の山嶺であるウムルボン(井戸峰)の南側の丘に位置する自然洞窟にある。

コムンモル洞窟は、長さ約30m、一番広い所の幅は2.5mでここには100万年前の人々が使った石器と獣を捕って食べて捨てた骨の化石が堆積している。

この遺跡から出た29種類の動物化石の中で、10種余はすでに絶滅した種である。この絶滅した種の大部分は、100万年前に住んだ典型的な獣であり、特に湿野ねずみは100万年前から40万年前まで生存し、その後絶滅した動物の中で典型的な種である。したがって、コムンモル遺跡の動物化石は今から100万年前に形成されたことがわかり、この遺跡から出土した石器はその時に動物を捕って食べて暮らした人々が残したことだということを分かる。

檀君陵

檀君陵は朝鮮民族の元始祖・檀君の墓である。平壌市江東郡文興里大朴(テバク)山麓の稜線の山の頂に位置している。

金日成主席の直接的な指導のもと、朝鮮の考古学者が檀君の遺骨を捜し出すことによって数千年の間、神話的な存在になってきた檀君が朝鮮民族の元始祖ということが科学的に考証されることになった。

檀君陵は1994年に新しく改建・拡張された。

朝鮮歴史のなかで初めての国家である古朝鮮をたてた檀君とその妻の遺骨が埋められている檀君陵の総敷地面積は、約45ヘクタールである。檀君陵は、檀君陵改建記念碑と石人像区域および中心区域の2つに大別される。

中心区域にある墓の墳丘形態(封墳1)の中心の基壇とほとんど水平になる位置に墓間がある。墓間の下には2つの棺台が南北方向で並んで置かれており、その上には檀君とその妻の遺骨がある棺が各々置かれている。遺骨は、ガラス棺の中にあって、ガラス棺は木棺の上に重ねるように設置されている。墓に向かって左の棺は檀君の遺骨が入っている棺で、右の棺は檀君の妻の遺骨が入っている棺である。

墓間の正面には、檀君の画像(肖像画)が掛かっている。

江西三墓

江西三墓とは、7世紀中葉の高句麗壁画墓である。平安南道南浦市江西郡三墓里にある。世界文化遺産に登録された高句麗壁画墓の中で代表的な墓の一つである。

高句麗の高い建築術と優れた絵画術を見せている江西三墓は、三つの墓が1つの群になっている。一番南側に置かれている一番大きいものが江西大墓で、その後ろに並んで置かれた二つの墓のうち、西側が江西中墓、東側が江西小墓である。

江西三墓の内部は、当時としては高い科学技術的計算に基づいた緻密な設計と上手な細工、洗練された石工技術によって作られたものである。これは高句麗の人々の優秀な建築術を明確に見せている。

江西大墓と中墓には、世界的に有名な高句麗壁画がある。江西大墓の壁画は、高句麗絵画作品の中でも最もよくできた傑作品の一つとして、玄武、青龍、白虎、朱雀をはじめとする神秘的な動物と自然風景、神仙が今にも動き出しそうな位、鮮やかに描かれている。また、数千年が過ぎた今日でも壁画の色は変わっていない。


  1. 墓を土などで盛り上げた部分

[ERINA 翻訳]