中国から見た歴史的エポックとしての2008年

|中国

2008年は1929年の「大恐慌」に匹敵する世界金融危機、米国史上初の黒人大統領の当選と、後世からみると歴史的エポックの年として評されるだろう。中華人民共和国史にあっても2008年は1976年に比類される「史上まれに見る重大な試練の年」(温家宝)だ。

思えば1976年、周恩来、朱徳、毛沢東ら3英雄の死没と唐山大地震、続く4人組の失脚は、中央集権的準戦時体制を放擲し、改革・開放体制に転換するターニングポイントを形作った。数年後、“束縛”で抑制された都市部の「統制経済」と“絶対的貧困”にあえぐ農村部の「伝統経済」からなる2つの経済セクターのフタを押し開け、市場経済へ向かうエネルギーの噴水が空高く飛び舞った。

そして30数年たった2008年。年初の中国南部の記録的雪害、チベット暴動とその後の世界的規模での聖火リレー騒動、40万人以上もの死傷者を出した四川大地震、アジアで第3番目の北京オリンピック、有人宇宙船神舟7号の船外活動、立憲民主制を求める「08憲章」の発表、そしてリーマン・ショック。天変地異、政治経済事件の激震、国威発揚の国家イベントと、歓喜と悲哀がこもごも織り成され、「天国と地獄」の両極があまりにも離れすぎた位相にあった2008年は、現代中国史の脈流を変える節目と見なされることだろう。

アメリカ一極集中の世界システムが動揺をきたすなかで、中国の赴く方向は米国に比する強国を目指すのか、ただその願望は日増しに強まっている。それを支える民衆のイデオロギーとして、社会主義思想が歴史的に有する国際主義の一側面を黙殺し、“大中華”のナショナリズムが強まるのか否か、聖火リレー防衛とオリンピック式典にその片鱗が垣間見えた。偏狭な愛国主義は、戦前の超国家主義の日本のごとく国を自滅に導く。

さらに政治制度は、「等しからざるを憂える社会主義」(「和諧」社会の構築)の音頭のもとに、「政経未分離の構造的連鎖」(中央・地方の政治による市場利用)を変えずに、自由裁量の要素を制限し、国家介入をより一層強めるのかどうか、「保八」(GDP8%維持)を目指す経済政策はすでに輸出志向型から内需拡大型に大きく舵を取った。

こうした中で“Yes,we can”のオバマ政権は日中をどう見ているのか。一言で言うと、米国は戦術的には日本を重視しつつ、戦略的には中国を重視する。米国にとって日本は局部的関係であり、中国は全局的関係にある。よって日本は、金融安定、環境保護、貧困廃絶、宇宙開発など個々の課題を支援する資金と技術を潤沢に保持するアジアのかけがえのない同盟国と見なされている。

他方、中国とは一段高い次元で長期的に世界の政治・軍事・経済の安定と平和を語ることができる“Stakeholder”(責任大国)だと見なしている。米国の対中政策の軸は財務省から国務省に移るが、台湾、人権問題、経済摩擦で対立する余裕はないと考える。