無視できない中国・自動車メディアの影響力

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中国の「市場経済」の実態を的確に把握するのは難しい。とりわけ、市場経済化に向けての改革を推し進める産業経済の分野においては、中国市場の特質を踏まえた日々の各種情報を収集し、精査・分析していくことに多くの時間が取られる。とはいえ、こうした情報の性格や背景を理解し、情報および情報源の取捨選択を行うことで、専門業界の動向のみならず、企業の経営戦略上でもかなりのヒントを得ることができる。以下では、自動車産業に焦点を当て、メディアを通じてみた日本・日系企業の対応について考えてみたい。

中国の自動車メディアの転機は1990年代後半に訪れた。それは、自動車市場の成長に対応したもので、各種報道機関にも著しい変化が生じた。即ち、中国が市場経済を深化させ、経済成長とともに大衆の所得水準も上昇して、新たな経済・産業の情報を伝えるメディアが必要となった。いまや街頭にある新聞スタンドなどでは、最新の自動車モデルの写真やスクープの見出しを掲げた雑誌・新聞が幅を利かせている。それらは単にメーカーによる写真入りの広告掲載を通じて消費者の購買意欲を刺激するだけでなく、読者の興味を引く情報を優先して作成する読者ニーズに従った速報性、独自性、地域性などが求められるようになった。

従来の新聞メディアは、既に81年からの経営請負制より次第に独立採算の事業体となっていき、販売部数の増加とともに広告による収入の拡大が進行した(メディアの変容については北海道大学・高井潔司氏の著作が詳しい)。新聞はこの他に、政府や企業単位で発行される内部向けの情報としても存在し、自動車産業においては特に97年の行政改革の影響を受けた民需転換のメディアが続々と登場してくる。これらの政府を上部とする事業単位や外郭団体(行政改革により半官化)は、それぞれの得意とする専門業界の動向を分析するというよりは、従来の機関紙や経済紙と並行して業界紙(業界面)、雑誌を発行し、広告の掲載とともに動向の事実を伝える情報としての役割を担うにとどまった。また、90年代後半の各地方で相次いで誕生した新興の地域紙、夕刊紙の刊行は、社会・生活情報を主体に広告と自動車記事を載せた。これは、大衆の関心に伴った情報として発行数を大幅に伸ばした。さらに、インターネットが普及してくると、ネットワークメディアとして人気ポータルサイトなどがこぞって自動車チャンネルを立ち上げた。これらは、新聞の転載・編集記事やメーカー発の公式情報を編集、さらに国内外に「特約記者」としての取材協力者を置いて記事を作成した。このようにして、各自動車メディアは新たなニュース・ソースを生み出し、業界連携(汽車媒体聯盟)を強めることで多様な情報を取り上げ始めた。

自動車業界の記事を作成するのは自動車担当記者であり、その数の正確なデータはないが、専門記者としての職業が確立している(広告会社である北京メディアパワー社の集計では580人以上)。鋭い視点で的確な指摘を発する有益な情報としては、改革開放の初期から自動車担当の行政機関や大手自動車メーカー出身で記者・評論家に転身した者、また主要紙で担当キャリアを積んだ長老達(汽車老師;師匠)が作成する論評である。これに続く記者達(汽車哥兒;兄、上司)は、そうした長老の門弟として、自身の取材領域や紙面のコンテンツを拡大させた。近年では、自動車業界において30歳を過ぎた記者達は各メディアの中堅人材となっており、他の業界の記者が同じようなキャリアを積むには10年以上かかるといわれており、それだけに自動車市場の成長が著しいことを示している。

自動車メディアではこうしたリーダーを中核に、近年は記者が若年化する傾向が伺える。これは、中国の大学改革とも関係がある。50年代半ばから後半にかけて、北京の主要大学を中心に設置された新聞系(School of Journalism)から、90年代中頃に全国レベルで新設されたメディア学院(Communication & Media)へと進展する過程のなかで、メディアを専門とする若手が多く輩出された。彼らは、新商品のスクープ、商品や技術の紹介・解説、試乗レポートや商品比較などの読者ニーズの記事を作成するにとどまらず、特定ユーザーの品質に関するヒアリングやマーケットのサンプル調査なども実施するようになった。さらに、メディアの商業化が若年層に激しい取材合戦を繰り広げさせ、生産工場や整備現場などに分け入って取材、報道するという方法も採られている。さらに言及すれば、ネットの普及で大衆的な意見を反映できるサイトへの書き込みや個人ブログなどが誕生し、ユーザーや購入希望者などからの生の声が広く直接に書き込まれるようになった。今日では、取材のネタは記者達の連絡会(汽車記者聯誼会)を通じてのみでない多彩な情報として発信されるようになっている。

しかしながら、一部では謝礼や接待を受けて記事を作成する有償記者も存在している。有償記者はメーカーなどからの一面的な立場、一方的な手法を用いて記事を作成するため、最終的な編集には報道の実務経験者が当たるにしても、記者自身の職業道徳に依拠しているだけで、情報としての事実確認、客観性や中立性をどれほど保てるか疑問がある。これは、事実が歪められた情報や他メーカーの暴露話などの類を含み、市場に参加する者を混乱させるだけでなく、企業にとっても経営・広報戦略に多大な影響を及ぼすことが予想される。

取材対象となる企業は、機密情報に係わらない限りメディアからの取材を拒否する特段の理由はない。また、業界ニュースは、基本的には規制当局によって記事の事前検閲が必要なく、情報が十分に検証されないまま報道されるという弊害も生じている。さらに、ネットの普及は、趣向を同じくするユーザー間で独立した世論が形成する。それらはかつて、日系メーカーが経験(最近では2005年頃)したように、時の政治情勢を反映するなどしてナショナリズムが高まり、メディアを通じた不買運動の呼び掛けなどの歪んだ世論へと拡散する可能性を秘めている(具体的事例は北海道大学・渡辺浩平氏などの著作を参照されたい)。

このようなメディアの特徴を踏まえ、中国でビジネスを行う上でどのようなリスクが想定されるか日々考えておく必要がある。かつての経験からしても、日本の一部の報道がリスク発生時に政治問題と経済問題の違いに気付かず、それを受けた日本企業はメディア対策を誤るという事態になってしまった。中国は「異色の国」扱いするステレオタイプの情報が事態を深刻化させたわけだが、少なくとも自動車産業においては消費者意識の高まりを政治情勢と混同して捉える向きがあった。当時の日本メーカーへの不満の本質は、中国ユーザーへの配慮不足やトラブル発生時の対応のまずさにあった。中国では大卒のホワイトカラー層が自動車を購入するメイン顧客となっており、彼らの間では法の遵守や自己の権利、消費者保護の高まりがあり、かつ製品をみる眼が日増しに厳しくなっていた。中国政府は、日本企業や製品に対してバッシングを繰り返しても何の得にもならないことは承知であり、むしろ日中関係の改善を民間主導で行おうとしている点に我々は気付かなければならない(産業経済分野でも、ネットへの激しい書き込みは政府の規制対象となる)。このようなミスリードを引き起こさないために、企業は当該市場のメディアおよび記者とのリンケージを深める一方で、きめ細かな有用情報を収集・分析するとともに、現地社員とのコミュニケーションを強化し、広報の場には経営トップが主体的に登場するといった「協力姿勢」を示すことが重要である。