ロシア経済における景気回復の道筋 ~98年危機との比較の視点から~

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ロシア経済は、目下のところ景気後退局面に入っており、09年第2四半期(4月~6月)の実質GDP成長率(前年同期比)はマイナス10.9%となった。本稿では、ロシアを現在襲っている経済危機について、98年の経済危機と比較しつつ、今後の行方を推し量ってみることにする。

前回(98年)の危機の際には、ルーブル切り下げによって輸入代替化が生じ、国内製造業の復活につながったことも功を奏して、早くも翌99年には実質GDP成長率がプラスに転じている(98年:マイナス5.3%→99年:プラス6.4%)。しかし、今回の危機は、前回とは異なり、簡単には回復軌道に乗らないのではないか、と筆者は考えている。その理由を大づかみに述べると、以下の通りである。

前回の危機時点では、ロシアの消費者(個人および企業)の質的な要求水準はそれほど高くはなかったので、一気呵成に進んだルーブル切り下げに伴う国産製品の相対的な価格の下落という価格面のシグナルが重視され、輸入代替化に伴う国産製品への需要の回帰が広範に生じたことが、急速な景気回復につながった。

しかし、今回の危機に際しては、ロシアの消費者は昨年夏までの原油高に伴う経済成長を背景に、嗜好が高度になり、製品への質的な要求水準を高めている。また、国内の恒常的インフレに加えて03年以降にルーブル高が進んだことから(03年初:1ドル31ルーブル台後半→08年夏:23ルーブル台前半)、国産製品はその間に割高感が増して需要が減少し、品質改良などもあまり行われず、外国製品との間で品質面での格差が開いた。そのため、輸入代替化による国産製品への需要の回帰は、消費者の嗜好の変化もあって、難しい状況にあるといえる。

そのため、今回の危機に際して、足下のルーブル安による国産製品の割安感上昇という追い風はあるものの、前回危機に引き続いて「経済危機後の国内製造業の復活」現象が生じる可能性は、それほど高くはないものと考えられる。むしろ、原油価格の再上昇に伴う貿易黒字の増加によって成長が牽引されるという、今次危機直前までと同じ成長構図により、「国内製造業の復活なき景気回復」が進む可能性が高いのではないか。

但し、経済危機勃発後に政府による金融・実体両面にわたる危機対策が積極的に展開されるかどうかという大きな相違点が、前回の危機と今回の危機の間に存在する。今次危機に際し、ロシア政府は総額2兆ルーブル以上にのぼる危機対策のパッケージをまとめており、その中で、製造業、特に自動車産業の振興策にも力を入れている。そのため、もしこれらの政策が功を奏せば、「経済危機後の国内製造業の復活」が起きる可能性も残されている。

ここで自動車産業に対する政府の振興策をみると、(イ)国産乗用車の新車需要を増加させることを目的に、主に中古車の輸入を締め出す意図で自動車の輸入関税を大幅に引き上げ、(ロ)指定された車種を購入時に銀行融資の利子を補助1、(ハ)経年10年以上の中古車を処分して国産新車を購入する際に5万ルーブルを補助、(ニ)極東への国産自動車輸送費を補助、等である。

なお、GM傘下のOPEL社について、ロシア最大の銀行である国営ズベルバンクがカナダの自動車部品メーカーであるマグナ社と共に買収する交渉が進んでいるが、買収後には、ロシアの自動車メーカーGAZ社への技術移転が想定されており、政府主導の自動車産業振興策の一環と位置づけることが可能である。また、新たに国営持株会社を設立し、ロシアの自動車メーカーAvtoVAZ、KamAZ、Avtodieselの3社の株を保有させ、合併効果を狙う、との動きも報道されている2

上記の施策の効果もあってか、乗用車の購入を検討するロシア人が2月から7月にかけて増加している。全ロシア世論調査センターが7月4~5日に実施した世論調査によれば3、乗用車を購入するつもりがあると答えた比率は、2月時点では11%であったが、7月時点では19%まで伸びている4。購入対象の内訳をみると、新車5の外国ブランド車が24%から28%へ伸びたが、中古6の外国ブランド車は25%から23%に下落している。一方、新車の国産ブランド車は12%から22%まで急増しており、中古の国産ブランド車も10%から11%へと微増している。

つづいて、実際の乗用車の販売動向を、09年7月単月の販売台数データを用いてモデル別にみると、上位10車種のうち5車種がロシア最大の自動車メーカーAvtoVAZ社製のモデルで占められている7。中でも同社製「Lada 4×4」は、外国ブランド車種の販売台数が軒並み前年同月比でマイナス60%前後となっている8中で、プラス4%を記録している。

このAvtoVAZ社製乗用車の売れ行きは、ルーブル安による輸入車の相対的値上がりだけではなく、政府による積極的な支援策によっても支えられていることは、すでに指摘した通りである。

今後、ロシアにおいて、政府主導による「経済危機後の国内製造業の復活」が実現するかどうか、注目されるところである。

以上

  1. 09年8月26日付モスクワタイムズ紙によれば、8月20日時点で利子補助が供与された融資件数は26,845件である。また同紙が引用する産業通商省高官の発言によれば、利子補助の「90%がAvtoVAZ向け」とのことである。
  2. 09年8月24日付モスクワタイムズ紙によれば、戦略的国営企業である国家コーポレーションの「ロステフノロギイ」社の傘下に「Avtoinvest」社という持株会社を新設し、そこに当該自動車メーカーの国有株を移転するという。
  3. 09年8月25日付全ロシア世論調査センター(VCIOM)プレスリリース。
  4. 購入予定時期別にみると、一ヶ月以内の購入;09年2月:0%→09年7月:1%、以下同様に、半年以内;1%→2%、一年以内;2%→3%、2-3年以内;8%→13%となっている。
  5. ここでは06年以降に製造されたものを指している。
  6. ここでは05年以前に製造されたものを指している。
  7. 09年8月11日付コメルサント紙。
  8. 例えば、三菱「Lancer X」マイナス65%、トヨタ「カローラ」マイナス80%(いずれも販売台数の前年同月比増減%)等となっている。