何故、今、環東海(環日本海)なのか?

|朝鮮半島

1990年代前後の社会主義圏の崩壊、冷戦の終息、アジア圏の経済発展などの時代的な変化の中で、東アジアは脱近代論議と関連づけられながら、実在を越える論議として登場している。基本的には、この「東アジア」論議は西欧式オリエンタリズムから出発している。二分法的な構図で、西欧文明に対する克服や、第三の文明の創造、近代克服方案として東アジアを仮定する。即ち、西洋と東洋の対立構図として東アジアが理解されている。ここでは、東アジア全体で一つのアイデンティティーが与えられていて、西欧の近代性は克服されなければならないという思考が支配的である。しかし、西欧が内在化され、対立と競争、支配と被支配が入り混じった東アジアで、この様に硬化された宣言的な論議は克服されなければいけない課題である。

特定空間における多様な相互関係性の範疇には、多数の東アジアが含まれると仮定できる。地域―国家―地方次元から形成される中層的な相互関係性としての範疇化は、環黄海圏、環東海(環日本海)圏、大陸圏、海洋圏などの多様なアジアを形成する。この範疇は可変的で流動的な空間であり、地理的に東アジアという空間は文明、人種、宗教、文化、物流、人口移動など各水準別に形成される中層的な流動空間として様々に区分することができる。既存の東アジア関連の研究は、共通したまたは類似した特徴を探すか、東アジア固有のアイデンティティーを模索するなど、地域の同質性を探し出す作業であった。しかし、地域研究とは、ある中心地の機能が届く範囲における機能や多様な為政者の相互関係性の形成を理解する作業である。ここにおいて初めて、一つの東アジアという東アジア談論を超えて、東アジア内に形成されてきた複合的な秩序の新しい変化を理解できるのである。東海(日本海)を中心として形成される環東海(環日本海)圏の相互関係性は、20世紀後半から新しく形成されている最中であり、同時に新しく認識されるべきテーマでもある。

我々が認識しようとしまいと、この地域は近代と脱近代、冷戦と脱冷戦が複合的に存在し、現実的に、域内国家の地政学的・地境学的政策が複雑に展開される場である。ダイナミックに変化し多様な為政者が意思疎通を行う場である。地理的に、環東海(環日本海)地域は脱冷戦以後、中国の経済発展、ロシアの資本主義化などダイナミック的な地域秩序の変化が目に見える中で、環東海(環日本海)を囲む地政学的力学関係が活発に変貌を遂げているが、この地域におけるこの様な変化は、国家的な視点はもちろんのこと、超国家的視覚と地方的な視点を同時に要求している。

結論として、地球的な次元で環東海(環日本海)の生態に対する再認識が必要であり、現在、環東海(環日本海)地域は経済を中心とした画一的な近代開発主義から抜け出し、生態的環境と人間の暮らしが調和を成す後期近代的生態認識に進む過渡期にある。今こそ、環東海(環日本海)地域の自然・人文環境と政治、経済、社会、文化の相互関係性に対する根本的な再認識が必要ではないかと思う。