古事記神話に見えるグローバル感覚

|朝鮮半島

日本の歴史を時代区分する際、「上代」という用語が見られる。古代に先立つ時代として、辞書では「大昔」、「太古」または「上世」を意味するが、具体的な時代というと、飛鳥時代から奈良時代までを称する。また、日本神道界では平安時代を開いた桓武天皇までとする。「上代」を日本語で音読みすると「じょうだい」であるが、それを訓読みすれば「かみのよ」「かみよ」ともなって、「神代」「神世」と同音になる。つまり、「上代」は人間が神々と深く関わった時代という意味合いがある。それを裏付けるかのように日本上代文学作品のなかには様々な形の神々が登場し、多様な神々の世界が描かれている。現在、日本の上代の人々の考え方がわかるのは言うまでもなく、現存最古の文献である『古事記』と最古の歴史書と評される『日本書紀』があげられ、その書物の冒頭には神々の物語が「神代」として載せられ、それを普段「日本神話」とよんでいる。そこで、その神話には上代の日本人、正確に言えば大和朝廷で活躍した当時の日本の知識人たちの想像力が遺憾なく発揮されている。もちろん、ある伝承が文献の形で残される場合、その編纂時期に近づくにつれ、歴史書としての性格を持つようになるためには、政治的な要素が強くなればなるほど、その文献の編纂目的または意図に合わないものは排除されがちである。特に、前述した『古事記』と『日本書紀』は大和朝廷の正統性を貫くための政治的な意図のもとで成立した文献だけに、「神代」に関する記事も例外ではない。したがって、記紀の「神代」は大和朝廷を中心に活躍した豪族たちと関わりの深い神々の活躍像を示した政治的な神話といえる。

ところで、この神話の中には、古代韓国を象徴する「韓」という語が間欠的に見られ、韓国人の私の知的好奇心を刺激する。「韓」という語そのものは、間違いなく上代日本人の精神世界にかなう形でも古代韓国像が刻印されたことを意味するのではなかろうか。十年前、日本の今上天皇は記者会見で古代日本の皇室と渡来人との関係を自ら初めて言及され、世の中の関心を浴びたこともある。私が調べた限りで記紀に「韓」とういう語の数は合わせて87件に上るほど頻出面から見てほかの外国より圧倒的に多く、古代日本人が韓国を最も近い他者として認識したことがわかる。これは、古代韓国と日本との間には頻繁な人的や物的な交流があったことを反映したものと考えられる。特に古代日本人の想像力の世界が示されている「神代」に見られる「韓」は古代日本人の韓国への深い関心、しかも韓国との密接な交流関係や韓国から渡来した人々への配慮と融和が窺える象徴的な用語といっても過言ではない。韓国と深い関係を持つ神話は、日本書紀に比べて古事記に著しく、古事記神話のおよそ3割を占めるスサノヲを頂点にする出雲神話やその系譜の中に登場する「韓神」、さらに、神話の主要舞台がほとんど東海(日本海)に面した地域に設定されたこと、そして日本神話のクライマックスといえる天孫降臨神話で天孫ニニギの天降地を韓国に向いているから、吉地と宣言した表現は、上代日本人の韓国への親しみを超え、古事記編者の東アジア人としてのグローバルな感覚がうかがえる。