BOPビジネスと中国の経験

|中国

BOP(Bottom of Pyramid)は、いまやビジネス界のキャッチフレーズになっている。世界経済ピラミッドの最上階は、7,500万人から1億人の裕福な消費者階級で構成される。中央部には、先進国の貧困層と開発途上国で新しく登場した中流階級が存在する。そしてピラミッドの底辺部には、一人当たり所得が1,500ドル未満(購買力平価)の40億の人口が集中している。リーマンショックで先進国市場が伸び悩んでいるなか、BOPという巨大市場の可能性に大きな期待が集まっている。

BOPビジネスに関する研究は、これまで主に英語圏の研究者を中心に進められてきた。ユニリーバの子会社HLLのインド市場での取り組みや、バングラデシュのグラミン銀行の事例などが紹介されていた。しかし、これらの事例はあくまで個別なケースに過ぎず、BOP市場向けのビジネスモデルの構築はまだまだこれからの課題だと一般的に考えられてきた。

ところが、実はBOPビジネスで大成功を挙げている国がある。前回のエッセーで紹介したが、中国の国内市場では、少なくとも6~7割の商品が伝統的な「市場」で取引されている。そのほとんどは低所得層向けに開発されたものである。つまり、全世界の低所得層の4分の1に上る10億人という巨大な人口を対象に、中国ではすでにBOPビジネスが大々的に展開されているのである。

中国を代表するBOPビジネスの一つを紹介しておこう。それは、「山寨携帯」と呼ばれる携帯電話である。その「集成商」(インテグレーター、組み立てのみを行うファブレスメーカー)は広東省の深セン市周辺に集積しており、ほとんどが20人程度の零細企業である。山寨携帯は、無許可生産のものが多く、模造品も多い。Apple社がiPhoneを開発したら、数日のうちに「山寨」版のIOrangeが市場に出回ってくる。しかも、正規のiPhoneの10分の1程度の値段で入手できる。深センでは「野菜を買うように携帯電話を仕入れる」と言われているぐらいである。

しかしながら、この山寨携帯はBOPビジネスの最も成功した事例である。2009年、深センでは約3億台の携帯電話が出荷されており、国内市場だけでなく、東南アジアや中近東など、新興市場への輸出も半分近くを占めている。山寨メーカーのなかから世界トップレベルの携帯電話メーカーも成長している。インド市場でNOKIA(40%)に匹敵するシェアを有するG5(30%)という企業があるが、数十名の従業員を抱えながら山寨メーカーとして発足したのは、わずか2~3年前のことだった。

山寨携帯の成功について、幾つかの要因が指摘できる。まず、商品開発に関して、とにかく低所得層の基本的なニーズを満たすことが最優先されている。中国国内で偽札が横行していると、そのチェック機能の付いた携帯が開発される。イスラーム教徒は、1日に数回メッカの方向に向かって礼拝を行う必要があるが、そのニーズを満たすために羅針盤付きで、宗教の音楽が流せる携帯電話が開発される。品質もそれほど悪くない。深セン市携帯電話協会の調査によれば、修理に出す不良品の数からみると、山寨携帯は当初より品質が10倍も改善されたと指摘される。なお、中国国内ならアフターサービスも完備されている。国内のいかなる都市でも、受け付けから顧客の手元に届くまで、電話の修理にかかる期間が72時間以内に収まる。

山寨携帯のいま一つの強みは、BOP市場の小ロットや短納期のニーズに応えられていることである。たとえば、インテグレーターは、1万台さえオーダーがあれば、新機種を開発してくれる。デザインハウスとなると、3,000台のロットでも受注する。納期に関しては、成熟した機種の場合が30~45日、新機能製品の場合が2~3カ月となっている。これとは対照的に、国際大手メーカーの場合、新商品開発から量産まで7~8か月ないし1年間かかるのが普通である。

英語圏の経験に着目したBOP研究では、これまでBOPビジネスの担い手として、多国籍企業の役割に期待が寄せられた。BOPに必要な複雑な商業インフラの構築、分散した農村地域や複雑なマーケットの階層をまたがっての資源動員は、多国籍企業にしかできないと考えられていた。しかし、この点も山寨携帯となると、状況は打って変わる。

生産面についてみると、上流のICチップメーカーを除いて、深センにはインテグレーターが2,000社以上(生産許可書を取得した会社が250社程度)集積している。このほか、デザインハウスが1,000社近く(PCBA設計とIDMD設計を含む)、SMT工場が1,000社以上、PCBメーカーが2万社以上(珠江デルタ地域)となっている。流通の状況もほぼ同様である。携帯電話の販売拠点となる華強北市場の携帯電話の卸商は、明通という「市場」だけで4,000社を数えている。省レベルの卸商は、一つの省に100社以上も存在している。さらに、市または県のレベルでは、小売業者(地包)が各地方都市、県級都市に点在している。このように、山寨携帯のバリューチェーンの各セグメントでは、中小企業を主体に高度に競争的な構造が形成されているのである。

* 深セン セン=つちへん+川