普世価値(普遍的価値)をめぐって

|中国

前回、中国における政治改革や民主化の問題にふれたが、その後、文芸評論家で民主活動家の劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞したことから、もともと多くの議論があった普世価値(普遍的価値)を巡る論争がさらに活発化した。周知のように劉氏は、自由・平等・人権が人類共通の普遍的価値であることを確認したうえで、民主的で立憲政治に基づく国家の確立を唱った「零八憲章」(2008年12月発表)を起草した中心人物である。憲章自体の内容に加え、ネット上で世代や階級を超えて広く中国国民に運動への参加を呼びかけたことで、劉氏は国家政権転覆扇動罪を適用され、現在も服役中である。

受賞の発表直後から、西側の各国首脳やマスメディアは中国政府に対して、劉氏の釈放や最も基本的な普遍的価値と考えられている人権の尊重を求める声を上げた。たとえば New York Times は、ノーベル賞委員会の「暗黙のメッセージ」として「政治的自由を伴わない経済的自由という『北京コンセンサス』は、離陸のためには偉大な戦略であったかもしれないが、次の段階へと導いてくれるものではない」と指摘し、今回のノーベル平和賞が中国政府にとって民主化や人権の尊重に取り組む良い機会だと論じた1

しかし、自国で服役中の人物が外国から「平和賞」を受賞すれば、反発心が芽生えるのも不思議ではない。ましてや面子を重んじ、内政干渉の類に敏感な中国政府ならばなおさらである。共産党機関誌である人民日報系の『環球時報』の英語版は、「ノーベル平和賞が反中国のための政治的道具に堕落した」として、「ノーベル賞委員会は、中国の平和と結束の代わりに、イデオロギー的な対立による国家の分裂、あるいはいっそソ連のような崩壊を見たいと望んでいるようだ」と非難した2

他方で西側メディアのなかには、劉氏の受賞を称賛する一方で、それがむしろ中国国内に負の影響をもたらすことを懸念する向きもあった。Financial Timesは、政治改革の必要性に言及してきた温家宝総理がたとえ本気であったとしても、今回のノーベル平和賞でその実行が困難になる可能性を指摘した3。また、Guardianのウェブ版には、中国ではNGOや学会の内部、さらには共産党や官製メディアのなかにあって、政治改革、市民参加、経済的・社会的平等などの拡大に尽力している無名の英雄たち、真の平和構築者たちがいるとの記事も投稿された4 。彼らが敵対的アプローチを避けるのは、中国の社会的・文化的・政治的な文脈上、平和裡に変化を達成するためのより建設的な方法があると感じているからであるが、今回のノーベル賞は政府に対する敵対的な戦術を正当化することになり、それが改革マインドの学会やNGOに対する当局の監視を強化させ、それがさらに対決姿勢を煽ることになると指摘した。

今回のノーベル平和賞が中国政府の普遍的価値に対する姿勢にどのような影響を与えるか注目されるところであるが、年が明けた2011年1月半ばの胡錦濤国家主席の訪米でその一端が示された。胡主席は19日の首脳会談後の記者会見で人権に対する認識を問われ、「中国は人権の普遍性を認識し、また尊重している。それと同時に、人権の普遍的価値となると、我々は様々な国情を考慮する必要性があると信じている」と答えた5。そして、中国は巨大な人口を抱えた改革段階の発展途上国であるため、経済的・社会的な発展において依然として多くの挑戦に直面しており、人権についてもやらねばならない多くのことがあると認めながらも、相互尊重や内政不干渉の原則に言及することも忘れなかった。

「零八憲章」でも唱われているように、人権は国家が賦与するものではなく各個人が生まれながらに有している権利であることを踏まえれば、開発独裁的な中国の発展主義政府は速やかに転換して行かざるを得ない。昨年、清華大学経営管理学院の卒業式における秦暁招商銀行董事長のスピーチが一部で話題になったが、「人民が政府に奉仕し、政府が資産を統制し、個人の利益より地方建設を優先する」中国モデルから、普遍的価値に基づいて「政府が人民に奉仕し、資産は社会大衆に属し、都市化は人々の幸福のために行われる」べきと訴えるものであった6。中国の未来を担うであろう若きエリートの耳にはどのように響いたのであろうか。

とはいえ、米国のピュー・リサーチ・センターによる世界主要国についての世論調査によれば、2010年時点で「自国が進んでいる方向性」に満足している人々の割合が中国では断トツの87%に達しているという(第2位のブラジルでも50%)7。先のGuardianの論考においても、多くの教育を受けた若い中国人(自分自身で考える能力がある)でさえも、西側の処方箋に懐疑的で、今回のノーベル賞についてもアンチ中国の不快感を感じるであろうと指摘している。現在のところ、北アフリカから漂い始めたジャスミンの香りと中国のジャスミン茶の香りは異なるのかもしれない。


  1. Friedman, Thomas L., “Going Long Liberty in China”, New York Times (NY Ed), Oct. 17, 2010.
  2. “2010 Nobel Peace Prize a disgrace”, Global Times, Oct. 9, 2010, http://opinion.globaltimes.cn/editorial/2010-10/580091.html.
  3. Dyer, Geoff, “China awaits deeds to back talk of reform”, Financial Times (London Ed1), Oct. 14, 2010.
  4. Young, Nick, “Liu Xiaobo wins Nobel, reform loses”, guardian.co.uk, Oct. 8, 2010,  http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2010/oct/08/liu-xiaobo-china?INTCMP=SRCH.
  5. “Press Conference with President Obama and President Hu of the People’s Republic of China”, http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/01/19/press-conference-president-obama-and-president-hu-peoples-republic-china
  6. 秦暁「秉承普世価値開創中国道路」http://www.chinareform.net/2010/0728/19515.html
  7. “Satisfaction with Country’s Direction”, http://pewglobal.org/database/?indicator=3&mode=map