ソウル便で専従チーム 県が路線維持へ来月発足

2003年06月13日

エリナのささやき

それは1964年6月16日午後1時2分、とスラスラ出てくるほど、新潟地震は新潟っ子には忘れられない記憶です。当時、エリナちゃんは浜浦小学校の4年生。給食が終わり、校庭に出たばかりのことで、偶然横にあった鉄棒にしがみつきながら、地震初体験にドキドキしていました。
集団下校で帰宅。その頃、わが家は新発田市から新潟市へ引っ越してきたばかりの仮住まいでした。小学校からわが家の一帯は、海岸近くの地盤のしっかりしたところにあって大きな被害はなかったのですが、夜になると、高台のわが家から遠くに石油タンクの燃え続ける火が見えます。地震の大きさを象徴するようでした。
父は、長野だったと記憶していますが、出張で留守でした。親切な車と徒歩を交えて、やっとの思いで家に帰ってきたようです。〝地震に遭わない俺は運がいい〟と言っていましたが、子ども心に〝めったにない経験ができなかったなんて運が悪い〟と思ったものです。…11日、その父も亡くなって3年が経ちました。

地域ビジネス前線

◇ソウル便で専従チーム 県が路線維持へ来月発足
搭乗率が低迷する秋田-ソウル便の路線維持に向け、寺田典城知事は9日、秋田-韓国間の交流基盤整備などの中長期対策を実施する専従チームを、来月上旬にも発足させる考えを示した。
県総務課によると、現在の構想では、チームは建設交通政策課、国際交流課、観光課などの部局の枠を超えた職員10人程度で組織する。交流基盤整備、県内の韓国人受け入れ態勢整備などの具体的な施策を民間団体などと協力して推進する。チーム設置機関は2年程度。(秋田魁新報6月10日付より)