エリナのささやき

2002年09月30日

エリナのささやき

エリナちゃんの斜向かいに座るK君は大のサッカーファン。J2アルビレックス新潟の熱心なサポーターで、ホームゲームといえばビッグスワンに馳せ参じ、アウェイも土曜日なら遠くまで駆けつけます。そのK君が9月、3名のERINAチームの一員としてモンゴルに遠征しました。サッカーではなく、環境協力の可能性を探る出張です。
北東アジア百景その7は、K君が撮ってきたびっくり写真です。何がびっくりって、ウランバートル市内に、本来は遊牧民の住まいであるゲルの村が忽然と出現しています。このところの気候変動はモンゴルの永久凍土を溶かし、山羊などの命を奪い、遊牧民に打撃を与え、彼らは仕方なくウランバートル市内の土地にゲルを移してきたといいます。 さて、移動サポーターのK君が新潟に帰ってみると、アルビレックス新潟は3位に順位を落としていました。気候変動も、順位変動も、K君には重要な問題が重なってきました。

北東アジア百景7 ウランバートルのゲル群

地域ビジネス前線

東奥日報9月25日付の「興隆溝遺跡日中共同研究」の別刷紙面づくりには驚きました。何と観音開きの大パノラマ紙面(新聞4ページ大)で発掘写真が掲載されています。「青森県教委、青森市教委と東奥日報社でつくる日中先史時代遺跡共同研究実行委(佐々木高雄会長)が、中国社会科学院考古研究所と内モンゴル自治区の同遺跡を舞台にした共同研究に取り組んで2年目」の興隆溝遺跡を同紙からご紹介しましょう。
興隆溝遺跡は8,000~7,000年前に中国東北部に広がった興隆窪(こうりゅうわ)文化代表する大型集落。北京の北東約800キロに位置し、行政的には内モンゴル自治区第3の都市である赤峰(せきほう)市に属する。事前調査で100軒以上の住居跡が確認されており、全体面積は約5万平方メートルに上る。住居群は3つのグループに分かれ、発掘初年度の昨年は最も東寄りの第1区(約1,200平方メートル)を調査。住居跡12軒、人骨8体のほか、人間の頭骨に線刻を施した中国最古の装身具、祭祀施設などが出土した。また、本県など北日本の縄文遺跡のものと酷似する円筒型土器や耳飾りなどが確認され、縄文文化との関連があらためて指摘された。